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……同じ雨にうたれてうれしいんだ

 

 自分の父、ファートリ老侯がテルポシエから定期通商船に乗って、ティルムンへ行ったのかどうか。


 それを確かめてみたい、とヒヴァラはアイーズに言った。



「……こっちに帰ってくる時、砂舟の中で他の人たちが話してるのを聞いてたんだけど。ティルムン・テルポシエ間の通商船にのると、……こう、身元がわれるって言うの? 誰々がいつ乗っていったのかっていうのが、記録に残っちゃうんだって」



 それを避けたいがための、≪白き沙漠≫横断密航なのだそうだ。何らかの事情を抱え、ティルムンから東に向かって逃亡する人々が、三百年前のイリー植民よろしく広大な沙漠を越えてくる。黒羽の女神の加護はなし、理術の風が原動力の小さな舟にのって、ではあるが。



「ひょっとしたら、父さんが通商船に乗ったって記録が……テルポシエに残っているかもしれない」


「なるほどね! 確かにありそうだわ」



 にしても、そういった記録というのはどこへ行けば知れるものなのだろう?


 とりあえず港の事務所へ行ってみよう、ということになった。ティルムン貿易業者の名も一緒に確認し合う、同時に調べるというつもりで二人は休み処を出る。


 しかし、歩き始めて間もないところでぽつぽつと雨が降り始める。


 何だか急に暗くなった気もするが、よく考えればもう夕刻に近かった。



『うーん。これは通り雨ではないですねぇ、ちょっとした嵐のにおいがします』



 見えないカハズ侯が、二人の周りでけろけろと言う。



「そうね。風もちょっと出ているし、港へ行くのは避けたほうが賢明ね」



 そこで、宿の方を先に取ってしまうことにした。


 ぽたぽた、たたた……。しだいに厚くなってゆく幕のような雨の中を、二人は北にむかって歩く。


 アイーズはふと、すぐ隣をゆくヒヴァラの足取りが≪急ぎ足≫なのではなく、妙に弾んでいるらしいことに気づいた。


 見上げれば、高ーいところにあるヒヴァラの横顔は微笑んでいるようにも見える……。


 アイーズはどきり、とした。それほど、ヒヴァラのまなざしがきれいに輝いていた。



「……ヒヴァラ、頭巾をかぶったらいいのに」



 一瞬みとれてしまったことへの照れくささ。それをごまかすために、アイーズは少々そっけなく言った。


 きょろッと見下ろしてきたやぎ顔は、ますます笑ってかわいくなっているから、アイーズとしても口角を上げて笑い返すしかない。



「どうしちゃったのよ? ヒヴァラ」


「いや……だって雨だよ、雨!」



 嬉しそうに言うヒヴァラの言葉を、すれちがう地元民らしき人が聞きつけた。その人は一瞬けげんそうな表情を作って、足早に路地をさっさと歩いて行く。



「え~と、……そうね雨ね? わりとテルポシエ名物って聞いてるけど……。何かいいことあるの?」



 テルポシエは年間を通して、雨の多いところだ。降って照って、がめまぐるしく移り変わる。一日のうちに四季があると言われる国だった。



「大ありだよ! だって、沙漠に雨は降らないんだから」



――あっ!



 はたと思い当たって、アイーズは胸の奥がしぼられるような感覚をおぼえた。



「俺はようやく、アイーズとおんなし空の下に帰ってこれた、って……。そう感じるもんだから。だからなんか、雨はめちゃくちゃ嬉しい」


「……」



 屈託ないヒヴァラの笑顔を見上げて、アイーズは言葉を失ってしまった。


 演じたり、意識しているのではない……。ヒヴァラは素で、本心からそう言っている。


 恋の言葉はどこにもない。


 けれどあまりに素直に発された、一緒にいることの喜びの表現に、アイーズの心はふるえた。


 そういうヒヴァラのやさしい素直さが、よかった。



「……そうなのね」


「ついでに虹も、おがめないもんかなぁー。見れば幸運もりもりになれそうなんだけどなぁ」


「うーん……。ちょっと夜まで降りそうね。でもテルポシエにいるんだもの、虹を見る機会は必ずあるわよ!」



 ぽたたたー!!


 風に乗って、雨粒がもろに顔に吹きつけてきたけれど。


 宵の雨にうたれても、アイーズはまる顔に笑みをのせていた……。



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