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テルポシエのカフェで作戦会議よ

 

「……どうして、アイーズはそう思うの? 俺の父さんが、テルポシエに来たって」


「いなくなったあの日。君はファダン港から海路テルポシエへ連れてこられて、ディルト侯からティルムン人たちに引き渡され、定期通商船に乗った。このことについてディルト侯は、マグ・イーレに来たファートリ老侯に、直接教えたかもしれないでしょう?」



 ヒヴァラにとっては嫌な、つらい思い出だ。なるべくアイーズは平らかに、低い声でそうっと話す。



「だから君のお父さんは、君を連れて行ったティルムン人たちが何者なのか――」


「商人ぽかったよ。たぶんティルムンの、貿易業者か何か」



 補足を入れてくるヒヴァラの声は低めだったが、落ち着いているからアイーズは豊かな胸のうちでほっとする。正面のヒヴァラにこくりとうなづいて、アイーズは言葉を継いだ。



「そうね。だからファートリ老侯はそのティルムン商人たちが何者で、どこへ行ったかを追うことで、ヒヴァラの行方を探ろうとしていたんじゃないのかしら?」


「……」


「書き損じたか、できばえが自分でいまいちと感じたからなのかはわからないけれど。とにかく君のお父さんは、そのころ翻訳を請け負った書類の複写を自宅に保存していた。もしそれがディルト侯の人脈を通して依頼されたものだったなら、お父さんは彼らに直接かけあったんじゃない? ヒヴァラを連れて行った人たちの手掛かりを得るために」



 はっか湯のゆのみを両手で包むようにして、ヒヴァラはアイーズにうなづいた。



「それに……。もし、お父さんがティルムンまで到達していたのだとしたら。当然、ここテルポシエから定期通商船に乗ったでしょう?」


「あ……ああ。そうか」



 ヒヴァラが、わずかにはっとした表情を見せた。



「……ヒヴァラを助けたいって思ったのよ。お父さんは」


「にしては、兄さんにひどいこと言い残してるけど」



 アイーズは言葉に詰まった。その通りだ。


 いつかヒヴァラが理術士としてファダンに戻ってきたら殺すように、とファートリ老侯は若侯に言い置いて失踪したのである。


 本当に最後の手段として、老侯はグシキ・ナ・ファートリにそう言ったのだとアイーズは信じたい。


 本音を言えば、アイーズはファートリ老侯に生きていて欲しかった。元妻の実家に跡継ぎ養子として出したとばかり思っていた次男に会いに、はるばるファダンからマグ・イーレを訪ねたほどの人である。母親とちがい、肉親として息子のことを大事に思っていたのはまちがいない、とアイーズは確信していた。何らかの事情があり、救出を断念したのだとしても。



――そういうお父さんなら。ヒヴァラに≪心の熱≫をあげられるかもしれない……!



 翻訳士として自立したいアイーズを尊重しつつも、町なかで街道でイヌアシュル湖畔で、つねにまもってくれていた父のいかつい背中を思い出す。


 ファートリ老侯が自分の父のように息子を護ろうとする人だったなら、必ず呪いを解くきっかけになるはずだ、とアイーズは思うのである。



「……理術士になる前に、何がなんでもヒヴァラを取り返すつもりだったんじゃないかしら。ファートリ老侯は」


「だといいんだけどね」



 いつも通り、寂しさのにじむ微笑を浮かべてヒヴァラは香湯こうゆを飲んだ。とたん、目をさらに丸くして驚愕する。



「ぅ甘っっ」


「……そりゃあ、それだけ蜂蜜いれればね?」



 小鉢が空になっていた。



「いかん、お湯に蜜いれたつもりが。お湯入りの蜂蜜になっちゃったぞ」


「さすがにまずい?」


「いや逆、すんごいおいしい」



 真剣まじめに言うやぎ顔を見ていて、……何だかアイーズは笑ってしまった。ヒヴァラの目が、今度はまるくなごむ。



「……あのさ。俺の父さんがティルムンへ行ったかどうかを、先に確かめてみてもいいかい?」


「えっ?」



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