階級社会、テルポシエの実態をかいま見たわ!
――ああ、そうだった……。白金髪は、テルポシエ高貴族のしるしだわ!
≪東の雄≫テルポシエは、イリー都市国家群の中でも特に貴族階級の権威が強い国だった。
貴族と平民とは、ここではくっきり区別されている。また貴族内においても、高貴族と末端貴族の格差が大きかった。他国では、末家出身の騎士が実力でのし上がり、宮廷で執政官の地位を得ることもある。しかしテルポシエでは巡回騎士以上の職に就くことはできないのだ、とアイーズは聞いたことがあった。
アイーズ自身は、ファダン末端貴族である。しかし父バンダイン老侯、および末の兄ヤンシーは志して巡回騎士の職についているのだし、長兄アンドールは中央所属の要職である(と、アイーズは予想している)。だから生まれつきの出自に固定された上で、こんな風に細かく差別をするテルポシエ社会は、アイーズにとってだいぶ異様に思えた。
「……さっきのたかびしゃおばさんも、白金頭だったよね。この国じゃ、白金髪の人には逆らったりしちゃいけないってことなのかな?」
「そうなのかもしれないわ。何だかややこしいところね」
言いつつアイーズは、案内をしてくれた派出所の若い巡回騎士のことを思い出す。
――あの人、金髪だけど白金ではなかった……。
巡回騎士が南区について話した時、≪貴族の住宅街≫とそっけなく言った理由に思い当たった気がする。たぶん南区というのは高級地で、それこそ決まった家柄の人しか住むことを許されないような場所なのだろう。
――あの人も、高貴族とそれ以外の差別に納得していないのね。
「はい、お待ちどおさまです」
しかし食事に提供されるものまでは、さすがに差別されないらしい。
給仕の女性が持ってきた大ぶりの湯のみはこじゃれた受け皿つきで、そこに黒梅と干しあんずが一つずつ添えられていた。お好みで足してください、とくず蜜の小鉢も卓子の上に置かれる。
くすんだ金髪の女性給仕は、席の相違をすばやく察知して穏便に従ったアイーズに対し、安堵したように終始ていねいな態度である。アイーズは、小声でたずねてみた。
「遠方から来たばかりで、色々都合がわからなくってごめんなさい。……この町では、どこでもこんな感じに、席や居場所に気をつけないといけないの?」
「いいえ。ここ東区が、ちょっと特別なんです」
女性も低くひそめた声で、教えてくれた。住み分けができているテルポシエだが、経済の中心であり市民会館などの公的機関も多いから、東区では貴族と平民の入り混じる機会が多い。それゆえの区別が多くあるのだそうだ。
「北区まで行くと、あそこは下町なので区別もほとんどなくって、ざっくばらんになるんです。もっとも、高貴族の方々はほとんど下町にはいらっしゃいませんけど……」
外国からの観光・商用客はその東区と北区の境界近くに滞在することが多いようですよ、と給仕女性は言って、ふわりと去っていった。
「いいこと教えてもらったわね。わたし達はとにかく目立っちゃいけないんだから、下町でいろんな人たちのいるところに紛れ込んでいた方が、たぶん安全よ」
「うん。いざとなったら、野宿だね!?」
「……あのね、ヒヴァラ。町なかで野宿はなしよ~」
アイーズは苦笑いをした。理術でアイーズの役に立てる分、ヒヴァラは野宿派らしい。蜂蜜をたっぷり入れて甘くしたはっか湯をごくりと飲みながら、アイーズは言った。
「さて……。それじゃあこの後は、暗くならないうちにお宿を探すとして。同時にティルムン貿易業者の事務所を、見て回っておきましょうか」
「えっ?」
黒梅を噛み始めたところだったヒヴァラが、目を丸くした。
「……ファダンの、旧ファートリ邸から出てきた君のお父さんの書付け。あの内容、まだおぼえてる?」
「うん」
「わたしも、主要な貿易業者の名前はいくつかおぼえているの。そこを回って、……君のお父さん、ファートリ老侯の足跡を探してみようかと思ったんだけど。ヒヴァラはどう思う?」
意外だった、という表情でヒヴァラはアイーズを見つめていた。
「これはもちろん、わたしからの提案っていうだけよ。ヒヴァラが知りたくないなら、調べてまわることはしないわ。でも、思ったの……」
マグ・イーレでレイミア・ニ・ディルトに会ってから、アイーズはヒヴァラの父の消息が気になっていた。自分なりの推測も大いにしている。
アイーズの予想では、ファートリ老侯はヒヴァラに会うためにマグ・イーレに行き、ディルト侯に息子がティルムンへ行ったと知らされて、決死の奪回を試みたのだ。
長子のグシキ・ナ・ファートリには、それがならなかった場合の辛い指示を与え、すべてを投げうってヒヴァラを探しに出たのではないか、とアイーズは考えている。
「そのままファダンに帰ってこれなかった……ということは。その旅の途中で、何かに阻まれてしまったんだとわたしは思う。でもファートリ老侯は、必ずここテルポシエまでは来ていたと思うのよ」
不愉快な様子も見せず、怒るそぶりもなく、ヒヴァラはひたすらまじめな顔つきでじっとアイーズを見ている。ぽそり、と問うた。
「どうして、アイーズはそう思うの? 父さんがテルポシエに来たって」




