表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

153/237

VSテルポシエの高飛車おばさん!?


「ちょっと、そこのあなたッ!! なーに町なかで、犬を放しているのよッッ!?」



 きーん、と耳障りな声で叫んだ者がいる。


 大路の数歩先からすれ違いかけていた年輩の婦人が、しかめっ面でアイーズに眼光がんを飛ばしていた。



「危ないでしょうがッ。持ち込めたということは、お貴族なのでしょうけど!? 犬を連れてるくせに市の決まりを知らないだなんて、他国よその方かしらッ!? おくにが知れますわよ!!」


「ご、ごめんなさい……」



 しゃがんでティーナを抱え込み、アイーズが謝りかけた時。かなりむっとした声で、ヒヴァラが答えた。



「……俺らファダン人ですけど、何か!?」



 とたん、年配女性はふふッと鼻で笑った。女性の後ろに控えるとしま女中二人も、ふふふふッと笑った。



「でしょうねえ。森ふかきご辺境のかの地では、犬にひもをつける文化もございませんでしょう! けれどここはおくにと違って文明の地、イリー東の雄のテルポシエざますッ。お野蛮作法は通用しませんことよ!!」


「ヒヴァラ! いいから紐、ひも出してっ」



 赤毛のかたまりのようなティーナを腕いっぱいに抱きしめながら、アイーズはヒヴァラを見上げて言った。



「ひもッ」


「そう、ひもよっ」



 この際なんでもいい。犬の散歩ひもに見えるなら、ヒヴァラの背負っている麻袋の口を結ぶ紐でも、なんでも!


 しかしヒヴァラは即座に頭巾をかぶると、すごい速さで唇を動かした。



「あ……あららららッ!?」



 と、年輩女性がぐらりとよろめく。


 びったーん!! 派手にすっころんでしまった!



「お、奥さまぁぁぁッ」



 としま女中たちが慌てて駆け寄っているのを後目に、ヒヴァラはアイーズの腕からティーナをひったくった。



「行こッ」



 そこで二人はとんずらした。……すたこらさっさと、建物の集まるあたりめがけて石の路を小走りにゆく。


 東の大路が見えなくなり、商家の立ち並ぶ界隈までやって来てから、大きな事務所のかげでヒヴァラは足を止めた。


 はあはあ、と息をついてアイーズは、ヒヴァラの小脇に挟まれたティーナの頭に触れる。



「ティーナ。町の中では、犬は散歩ひもつけなきゃいけないのよ……」


『あー、せやった……』



 ふいっとティーナの姿が消えうせた。



『ごめーん。かんにん、蜂蜜はちみっちゃん』


「んもう、何してんだよッ」



 ヒヴァラが憤慨している。



「まあまあ、うっかりは誰にでもあるし仕方ないわよ。にしてもヒヴァラ、ひも出してって頼んだ時……何をしたの?」


「うん、ひも出したよ!」


「……?」


「理術で草編みひも出して、たかびしゃおばさんの足首に、そーっと縛りつけてやったんだ」


「ヒヴァラ……」


「さすがアイーズだよね! どこまでも戦略きかした指揮! あの人ぞろッとした長衣きてたから、お付きの人にも誰にも見られないうちに消えたはずさー」



 アイーズは、がくッと頭を前に下げた。苦笑するしかない。



「……怪我してないと、いいんだけどね」


『いやー、大丈夫でしょう。あのご婦人の着ぶくれようなら』



 頭巾をかぶったままのヒヴァラの胸あたり、ちょこーんと頭を出してカハズ侯が言う。



『でもわたくしも、ここでは見えなくなっていた方がよろしいでしょうか?』


「そうねえ。……テルポシエ人はかえるが好きで食べちゃうから、食材って思われないように隠れていたほうがいいかしら」


『きゃふッ』



 小さな悲鳴をあげて、かえるもたちまち姿を消した。


 やれやれ……とアイーズが辺りを見回せば、少し先に休み処の店がある。



「ヒヴァラ、そこ入りましょう」



 さくら草のあふれる細長い花壇を店の周りにたくさん置いて、なかなかはやっていそうな店だ。


 だいぶ曇ってきたが温かい日だし、ひさしの下の席で空いているところを探す。アイーズがそこに座りかけた時、若い女性給仕がそうっと寄って来た。



「お客様。こちら、市民ご貴族専用席となっておりますが……」


「えっ?」



 アイーズは驚いた勢いで、給仕の顔をまっすぐ見る。きれいなみどりの目を持つ女性は、少し緊張した面持ちだ。もめごと厄介ごとを、明らかに避けたがっている。



「……ごめんなさい、ぼんやりしていました。あの、静かに話せるところをお願いします」



 アイーズの穏やかな答えに安堵した様子で、給仕は二人を店内へと導く。薄暗い奥側の一角に落ち着いて、アイーズは甘めのはっか湯を注文した。


 そこから改めて、アイーズは店の外側、庇の下の席を眺めてみる。老若男女がいりみだれて座っているが、身なりのよい連中ばかりだった。


 しかし……? 店内にぽつぽつ座っている客だって、きちんとした装いの人ばかりだ。何をもって貴族とそれ以外を区別しているのか。それ以前に、なぜ区別する必要があるのだろう?



「……みんな、白金髪だね。外に座ってる人たち」



 アイーズの視線を追って外を眺めていたヒヴァラが、低くささやく。


 それでアイーズもはっとした。庇の下と、店内入ってすぐの窓際にいる人々は全員、陽光にあかるく輝く白金の髪を持っているのだ。



――ああ、そうか……。白金髪は、テルポシエ高貴族のしるし!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ