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イリー≪東の雄≫、テルポシエに来たわ!

・ ・ ・ ・ ・



「ファダンからお越しですね。はい、どうぞ」



 テルポシエの分厚い市外壁には、西・北・東と市門が三か所あいている。南にあるのは海からの出入り口、港だ。


 イリー街道から直結しているのは東門だけだから、大市の北側をぐるっと回り込んでようやく市内に入ることができる。


 一応、この東門がテルポシエの玄関口のような扱いになっているらしい。出入りする人の数も多く、明るい草色の外套を着た衛兵役のテルポシエ巡回騎士は、アイーズとヒヴァラの身分証をちらりと一瞥しただけで通してくれる。ミハールごまを預け入れた公共厩舎の規模も、ファダンとは比べ物にならない大きさだった。



「りっぱなとこだなぁ」


「ほんとね!」



 市内壁の門をくぐったところは、東の大路。だだ広い石だたみの道の向こう、市の中心であるテルポシエ城が白くそびえているのが見えた。


 まるく用意されたヒヴァラの左腕の中に、右手を通して歩くアイーズも内心で溜息をついている。美しさに見とれて出る、感心のため息だ。



「ファダン城より、ずうっと大きい……。なんて堂々としてるんだろ! 見てアイーズ、塔が高ーくたってる。あそこから、どこまで遠く見渡せるのかなぁ?」


「……アンドールあんちゃんちみたいに、のぼってみようとか思っちゃだめよ? ヒヴァラ」



 低いはな声で釘を刺しつつ、アイーズはぷっと噴き出しそうになった。


 見下ろしてきたヒヴァラのやぎ顔が、じつに残念そうにしょっぱかったのである。だめか~~??



『うーん。何だかもうロスカーンの古城が、ことりさんの籠に思えるくらいに大きいですねえ! さすがは≪イリー東の雄≫です』



 カハズ侯も小声でけろけろ言っている。それにしてもヒヴァラの言う通り、イリー諸国中でも群を抜く壮麗な都市だ。通りの建物も一様に白い石材で作られている。そこかしこにかけられた花鉢や、角型花壇の中に多くの花々があふれて、よく映えていた。テルポシエ市民は園芸好きが多い、と聞く。


 アイーズ自身、ここに来たのは久しぶりだ。小さいころに両親や兄らと一度来たきりで、町のことはほとんど何もおぼえていないのだが。


 位置的にファダンとテルポシエは隣国である。イリー街道上にはオーランをはさむが、内陸部の領土はくっつきあっている部分が広い。しかし多くのファダン領民が親しんで訪れるのは、反対側の隣国ガーティンローだ。


 なぜにガーティンロー寄りなのかと言うと、色々ある理由のうち一つは、テルポシエ市民の鼻もちならなさだと言われていた。


 ティルムンおよび北部穀倉地帯との貿易窓口として栄えているこの≪東の雄≫の人々は、悪気いっさいなしに自分たちが至高最高と信じているふしがある。そこに来るとファダンは田舎、おのぼりさんと下に見られるのが嫌で、ファダン一般人の足はガーティンローへ向いた。


 臙脂えんじ色の騎士外套同様に、ガーティンローは商売人たちの情熱も暑苦しい国だ。お客様なら国籍問わず、熱く迎え入れてくれる。実際、ガーティンローの専門店はどこへ入っても面白いものだ――アイーズはお気に入りの大型書店へ、年に一度は買い物に行く。



「こんなとこと、マグ・イーレはよく張り合う気になるよね?」



 ヒヴァラのぼやきに、アイーズはうなづく。記憶に新しいマグ・イーレの町と城は、ここテルポシエに比べると、いかにも貧弱でちっぽけだった。


 途中、小さな派出所らしき建物が大通りにあったので入ってみる。


 暇そうな若い巡回騎士が、壁にかかった市内図を指さしながら二人に案内をしてくれた。



「今いるこの東区は、市民会館と広場をかかえた都市の主要部です。ティルムン関連の貿易業者事務所も集まっているし、向こうから来る人用に宿泊施設もここが一番多いかな」



 北大路を越えたところにあるのは北区で、いわゆる下町である。そこから西大路をへだてて広がっているのは、西区。



「港に接しているけど、水夫や肉体労働の庶民が多いところなのでね……。お二人は蜜月旅行でしょう? 宿なら東区にしといたほうがいいかもね」


「あの。この、町の東側で海に面したところは?」


「そこは南区で、貴族住宅街です」



 ヒヴァラは市内図を見て何気なく聞いただけなのだが、若い巡回騎士は急に乾いた調子で答えた。自分だってその貴族の一員であるはずなのに、何となくとげのあるような言い方である。アイーズは妙に感じたが、やがてそこを辞し、再び二人は路地を歩き出した。



「ちょっと疲れちゃったわ。ヒヴァラ、どこか休み処に入って何か飲みましょう。それでこれからのこと、決めようか」


「うん、アイーズ疲れたろ! 俺は全然へいきなんだけど、どこでもついてくぞ」


『つーか。蜂蜜はちみっちゃんにくっついて行くしか、お前には選択肢ないやんけ』



 もわりと浮き出たティーナ犬が、アイーズの足元にからみつきながら言った。



「あっ、ティーナ……!!」



 アイーズがどきっとした、その時である。



「ちょっと、あなたッ!! なーに町なかで犬を放しているのよッッ」



 きぃーんとした声が、アイーズ達を急襲してきた……!!



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