地元の美少年がアドバイスをくれたわ!
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オーラン国境を越えれば、テルポシエ首邑までは十数愛里(※)とごく近い。
たくましいミハール駒は、安定した歩みで距離をかせいでゆく。軍馬にしても遜色のない体躯と耐久力を持つ、素晴らしい馬だ。まあへんくつと言うか、こだわりの強い性格は個性であるからして、仕方がない。
さほど樹々の密度の高くない森が、そこかしこに遠く見える。けれどイリー街道の通る部分は、美しい緑の草地に包まれたなだらかな起伏ばかりだった。
東に向かって進む二人の右手には、もうずっと水平線が見えている。
アイーズの長兄アンドールのいる浜域が西側、小さなオーラン公国が東側にあるファダン岬の向こうは、≪シエ湾≫と言う。この奥に鎮座する港湾都市が、テルポシエなのだ。
沿岸部分、白く浮き出た城塞都市が見えてくる。王座についた女王様ってこんな風に荘厳なのかもしれない! ……アイーズは女王を見たことがないけれど、とにかくそう思った。
『おおお……。本で読んだ表現、まさにそのまんまです! 曠野の向こうにそびえる白亜の城塞。あの高い壁の中に、人がたくさん住んでいるのですね?』
『何ちゅうかこう、生活感のない感じやな』
ヒヴァラの外套頭巾のふちからカハズ侯が、ミハール駒の左脇をふさふさ進むティーナ犬が、それぞれ感想を言ってよこす。
「でもさあ……。ねぇアイーズ、あの都市のまわりにあるのって。ただの野っ原じゃ、ないよねぇ……?」
「たしか、湿地帯じゃなかったかしら」
『しっちたーい? 何やねんな、それ?』
ティーナ犬が問うた時、ミハール駒の右脇をするりと抜けかけた一騎があった。
それが追い越しをせずに並んだものだから、アイーズは一瞬ぎくりと警戒する。しかしちらりと真横を見れば、そこで白馬を御しているのはすらりと美しい少年だった。
「福ある日を」
「福ある日を……」
少年は涼やかに挨拶を投げてくる。襟足のちょっと長めな白金髪をちかちか輝かして、その子はアイーズに微笑した。
「おふたりは、テルポシエにいらっしゃるのが初めてではないですか?」
「ええ……?」
「そういう方には必ず言い伝えるよう、大人に言われています。この町を囲む曠野は湿地帯です。一見ただの草の原に見えますが、下の方には水っぽい泥炭の厚い層があって、底がありません」
「……」
授業発表で述べるようなすらすら調子で、少年は言った。犬らしく口をつぐんだティーナは、実はふたたび口を開けて驚いている。
「いまこの季節は、そういう底なし泥炭の口がそこかしこに開いてるんです。入ったらさいご、どろどろにのみ込まれちゃって浮き上がれません。だから絶対に、道を外れちゃいけないんです。わきの細道は地元の方しか知らなくって迷いやすいし、どうぞ街道に沿って行ってください」
「そ、……そうなのね。よく気をつけるわ、ありがとう」
「どういたしまして。良いご旅行を」
すいっと騎士礼をすると、その子は白馬の歩みを速め、風みたいに行ってしまった。
洗練されたものごしに服装。乗馬用の練習着なのだろうが、よい生地を着ていた……。何より、あの涼やかな翠の瞳!
なんて美しい子だろう、とアイーズは思わず圧倒されてしまっていた。次の瞬間、後方がどやどやと騒がしくなる。
「一列になってー! 他の方々に、迷惑をかけなーいッッッ」
ずうっと後ろの方から、大人のだみ声が聞こえてくる。
それとともにわらわら、ごちゃごちゃ……! 十二・三歳の男の子たちの御す馬が十騎ほども、ミハール駒の脇を通って行った。
「そろそろ、速足~~!! 先行するシャノン君に、合流ーッッ」
がなり立てて行く栗毛馬上のじいさんは、草色外套を着ている。
その最後尾の教官騎が小さくなったところで、アイーズはようやく口を開いた。
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※作中の1愛里は、そちらの世界での約2000メートルに相当します。(注:ササタベーナ)




