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究極のお弁当、いか酢にんじんサンドイッチよ

 


「……丸く焼かれた黒ぱんの中に、ダアテさんのいか酢にんじんが挟まっている。……うう、さいごのいか酢にんじん……俺のファダンは、ここまでなのか」



 じつに切なげにヒヴァラが言った。アイーズは苦笑する、気持ちはわからないではない。



「さらばファダン、さらばいか酢にんじん」


「あのねえ、ヒヴァラ。わたし達どっちみち、ファダンにちゃんと帰ってくるんだから。その時までの、しばしの≪またね≫よ! それにちょっと時間をあければ、次に食べる時にもっとおいしく感じるんじゃないの?」


「はっ、そうか……! なるほどそれもそうだ、さすが軍曹」



 感傷をするっとっぽって、ヒヴァラはいつも通りに黙々ばくばく、丸ぱんを頬ばりだす。



「よりおいしく再会するために、俺は今いか酢にんじんに別れを告げる」


「はいはい……」



 あずまや風の上品な長床几からは、やわらかい紺色の水平線が見える。


 いかにも普通の犬なのです、と主張する感じでティーナがアイーズの足元に寝そべっていた。



『ここまでは特に、嫌な雰囲気もっとるやつは見いひんかった。けど、人はだいぶ多いな?』


「そうね、ティーナ」



 少し離れた検所の前には、上品な紫紺の騎士外套を着たオーラン巡回騎士が立っていた。街道を行きかう徒歩の人々、騎乗者や馬車の御者に向かって、上品にうなづきかけている。


 ティーナの言う通り、交通量は本当に多かった。特に荷馬車、後ろに木箱や大きな籠を山積みにした荷車の姿が目立つ。



「テルポシエはイリーの中で一番大きな都市だし、人の数も多いの。物流の量は、ファダンとは比べものにならないわ」


『ふうん』



 ティーナは実に犬らしく、赤い毛並みの頭をふさふさっと振る。おさげのように長くたれた両耳も揺れた。



『ティルムンとは、やっぱ相当ちがうのやろうな』


「……そうね、そりゃあティルムンとは人口のけたが違うもの。ティーナが向こうを知っているのなら、テルポシエも小さく見えるかもしれないわ。あなたはティルムン大市に住んでいたの? ティーナ」



 足元の赤犬に向かって、アイーズはごく穏やかに聞いてみた。隣に座っているヒヴァラと、その頭巾ふちにはまっている小さなかえるが、じっと視線を投げてくる。それに小さく、アイーズはうなづき返した。



『せや……。親きょうだいと、せまい家に暮らしとってん。海が十分近いはずやのに、海のぜんぜん見えへん狭いとこ……。日干しれんがの中でな』



 アイーズの足に背中をふさふさもたせかける形だから、ティーナの表情は見えなかった。でも何だか、ぼんやりしたような口調である。



「ふうん?」


蜂蜜はちみっちゃんやヒヴァラとちごうて、俺は平民やってん。せやし、ようさん勉強して。ほんで理術士の学校、入ってん』



 色々な例外はあるものの、イリー人の場合だと貴族の生まれでない場合は、基本的に正規騎士になることはできない。しかしティルムンの場合、平民であっても理術士になれるようだった。もちろん、ティルムン人の平民に限られるのだろうが。


 この門戸が外国人に対しても開かれていたなら、ヒヴァラはもぐりの養成所ではなく、公の理術士学校へ入れられていたのだろうか? アイーズの豊かな胸の底を、かすかな疑問がよぎる。



『めっちゃ優秀やったんやで、俺。軍に入ってもな、そのまんま優秀やったから、ぽーんぽん出世したわ。そうゆう性格とちがうから、まとめ指揮役の隊長にはならんかったけどー。でも平民でなれる、いちばんえらいとこまで昇りつめたんよ。偉いやろ、蜂蜜ちゃん?』


「うん、えらい偉い」



 西方ティルムン調がのってきた・・・・・様子である。ヒヴァラがじとッとティーナ犬をねめつけているのは分かったけれど、アイーズは穏やかに合わせていた。



『せや。偉かってん。……自分でもえらいって、思うて……疑わんかった。けど』



 アイーズがおや、と思うほどに、ティーナの語調がしぼんでゆく。



『ほんとは、違っててんか』



 アイーズはかたずを飲んで、ティーナの言葉のその先を待っていた。何となく、ティーナの核心・・に触れるような話、と思えたからである。


 けれどそれっきり、赤犬は黙りこくってしまった……。前脚のあいだに、もそっと顔を埋めている。



「きゃーあ!! わんたーん」



 その時、黄色い声が検所の方から聞こえた。とたんティーナはびくッとして、身を起こす。


 アイーズとヒヴァラがそちらに目を向けると、駐馬地にあらたに入ってきた大型馬車があった。そこから下りたばかりらしい、二つか三つくらいの小さな子どもが、ティーナをまっすぐ指さしてまくし立てている。



「わん・たーんッッ」


「そうね、わんちゃんね。かわいいねぇー」



 反対側の手を握ったお母さんが、楽しそうにあいづちを打っている。



蜂蜜はちみっちゃん、行こか』



 低く言うとティーナは立ち上がって、あずまやの裏側からミハール駒をつないである柵のほうへ、そそくさと行ってしまった。



――あらら。ティーナは、こどもが苦手なのかしら??



 思ってアイーズは、ヒヴァラを見上げる。二人一緒に、ついでに小さなカハズ侯も、そろって肩をすくめた。

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