再度出発! 上品な富裕国オーラン領に入ったわ
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翌朝はやく、アイーズとヒヴァラはアンドール邸を後にした。
兄の出勤とともにでかける。
「ほんじゃアイちゃん、気をつけてお行き。ヒヴァラ君、またね」
トゥーヒユ町から分団基地への分かれ道。さりげなく言って、軍馬に乗ったアンドールは行ってしまった。
そうして黒いミハール駒にのったアイーズとヒヴァラには、牝馬を御すダアテ、さらに下男のおじさんが付き添う。常駐の使用人ではなく、時々アンドール邸宅の力仕事を手伝ってもらう地元農家の短時間勤務さん……。ということになっているが、まあ実際には民間警備業者である。
おじさんは浜域の細道によく通じていた。アイーズ達がやってきた時に通ったファダンの準街道≪はま通り≫ではなく、それに並行する田舎道をすらすら北上する。思っていたよりずっと早い時間帯に、ファダン・オーラン国境へ到達した。
検所もないところだが、少し進めばオーラン領の町に行き当たる、とおじさんは言う。
「そこからはイリー街道に出るのも簡単です。人も多いし、オーラン巡回騎士も出回っているから、まんづ危ないことはないでしょう」
アイーズは、おじさんとダアテにうなづいた。二人が見送れるのは、ここまでだ。
「それじゃあ、わたし達行きます。本当にお世話になりました」
「気をつけてねぇ!!」
のどか朗らかなダアテの声に送られて、アイーズは黒いミハール駒を進める。
しばらく行くと、オーラン領の小さな町が見えて来た。その手前の標識に従って、イリー街道方面へ。
なだらかに広がる野の中をゆく道だった。よく手の入った農地であり、牛たちがぽつぽつと見える。森はずっと遠くに退いていて、見通しのよいところだ。
栗毛のもこもこした驢馬にまたがって、牧童らしいのがやってくる。二人とすれ違いざま、子どもはちょいっと帽子を上げてみせた。
『ちょっと……今の見ました、ヒヴァラ君!?』
「うん、見たよ……! こどもなのに、なんて上品なしぐさなんだろうッ」
ダアテ達が同行している間は姿を消していたカハズ侯が、再びヒヴァラの外套えりのふちにおさまって、けろけろと囁いている。
結構な田舎なのに、時々すれ違うオーランの人びとはあかぬけて上品だ。さすがイリー諸国内随一の金融大国、お金持ちの国ではみな意識が高いのかもしれぬ。
しかし、国の規模は非常に小さなオーランであった。イリー街道に合流してからはあっという間、右手に首邑オーラン市を見る。白っぽくこんもりとした丘が、海を背景にしてそびえていた。
オーラン市内へ向かう道には下りず、アイーズ達はそのままイリー街道を東に向けて進んでゆく。
「オーランって……。海に向かって町の丘がせり出してるところは、ちょっとマグ・イーレに似てるね?」
「そうね。でもオーランの丘は崖の上にあるから、島みたいには見えないわ」
「てっぺんに乗っかってるのは、やっぱりお城なのかな。……あ、崖のすぐ手前に黒いずんぐりした塔がある」
「……よく見えるわねー?」
アイーズの目には、オーランの町の白い盛り上がりくらいしか見えてこない。街道からはあまり近くない首邑なのだ。
そしてオーラン首邑から、テルポシエ国境まではすぐである。
小さな検所の手前に、上品な駐馬地があった。二人はミハール駒を休ませ、自分たちもあずまやに入って、ダアテの持たせてくれたお弁当を食べることにする。
ひざの上に布づつみを開きかけて、……はっ!? アイーズの豊かな胸に、とある予感が満ちた。
――黒ふすまぱんの香りにまじった、魚醤独特の発酵香……! お義姉さん、まさかこれは!!




