表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/241

えんとつ先からみた世界

「はい。ここ」



 ねまきの上に来ている砂色外套のすそを風にはためかせて、煙突の先端にすたりと立ち、ヒヴァラはアイーズの頭に鼻を寄せてささやいた。


 それでアイーズは、思わず閉じていた目を開けてみる、……。


 何もなかった。


 暗闇の中に地と空とが二極化していて、ぽつんぽつんと人家のあかりが見える。


 トゥーヒユは小さな町だし、人々もファダン大市住民のように宵っぱりではない。概して暗かった。……が。


 星を白くまぶした空が森や林の黒にとけこむところで、まったく別の輝きを放っているものがある。五つ沼の水面だった。



『きれいですよね、不思議ですよねぇ。それではわたくし今回分の見納めに、夜じゅう沼の上を浮いてきますので……。ヒヴァラ君、また明日。お休みなさい、アイーズ嬢』



 けろけろ優しい調子で言うと、怪奇かえる男はふわーり、と二人のまわりを一周した。そのまま輝く沼の方向へ、宙を跳ねるように浮いて行ってしまう。



「またねー。かえるさん」


「カハズ侯~~」



 やっぱり怖いのが続行中、アイーズは怪奇かえる男にそばに浮いていて欲しかったのだが……。


 ヒヴァラはアイーズを抱いたまま、すとんと煙突先に腰かける。



「昼とは、ちがうんだ」



 ぽそり、とヒヴァラは言った。



「青は青、緑色はみどりなんだけど……。それでも朝のうちの青、ひるの青でもない。夜の青なんだ」



 ヒヴァラの砂色外套生地にしがみついたまま、アイーズも闇に浮かぶ沼を凝視してみる。


 アイーズはあまり夜目もきかないし、ヒヴァラに比べたら視力の届く範囲もぐっと狭まっていると思う。しかしヒヴァラが言った通りに、沼が夜の姿・・・をしていることは何となくわかった。



「ほんとね。……と言うか、どうして夜の間もあんなに輝いているのかしら? 星明りを映してるってだけじゃないみたい」



 こわごわ言っているうちに、アイーズは自分でも摩訶不思議に思えてきた。



「一番手前の翠玉すいぎょくの沼は、くじゃく石の色になってるけど……。それでもやっぱり、光ってる」


「だいだい色だったやつは、アイーズの髪っぽくなってるしね」



 冷たい外気の中にいるはずなのに、アイーズは寒さをおぼえない。


 くっついているヒヴァラの砂色外套が、それ自体の熱を放っているかのように温かかった。これもティーナのおかげなのかしら、とアイーズは思う。



「……沼そのものが、光ってるってことなのかしら? 陽光だとか月や星や、他の光るもの関係なしに」



 アイーズは視線を近くに、ものすごく近くに戻して、ヒヴァラのやぎ顔を見上げる。短い髪をあかくくゆらせて、ヒヴァラはまじめな表情でうなづいていた。



「うん。そうなんだと思う。沼の水なのか、泥なのかわかんないけど。きらきらしているのは、とにかく沼そのものなんだ」


「そうね」



 アイーズは、相槌を打つ。



「どんな風に照らされても、見え方が色々と違っていても。沼そのものの本当の姿、本当の光り方はたぶん変わらないで、ずうっと同じなんだわ」



 自分がどうしてそんなことをすらすら言うのか、……何となく不思議な気持ちではあったけど、とにかくアイーズは素直にそう口にした。



「変わらずに、ずっときれいなのよ」


「うん。きれいなんだ」



 ほんとの間近に顔を見合わせて、二人はうんうんとうなづいた。



「気に入ったかい」


「ええ。でも明日早いし、そろそろ帰営して寝ようか」


「了解であります、軍曹」



 じゃあ、と立ち上がりかけるヒヴァラにアイーズは言ってみた。



「……わたしのへやの窓枠まで、≪早駆け≫でひとっ跳び~ってわけにはいかないのー?」


「いけるよ。でも下に落っこちるし、風びゅんびゅん切るの、ずっとおっかなくない?」


「……見ないようにしてるから。跳んじゃって、ヒヴァラ」



 ひょろんとしたヒヴァラの胸に、アイーズはまる顔を埋めた。


 ふあーん!


 頼りなさげにして、はかなげな薄い胸ではある。


 しかし。


 宙に浮いた瞬間、唯一アイーズを支えるものとしてのヒヴァラは、十分に心地よかった。やさしくて柔らかくて、のどかで温かかった。


 ……そしてアイーズは自分に突っ込む。



――わたしがヒヴァラからをもらっちゃって、どうするのよー!? 逆でしょ、逆ー!!



 もう二度と離したくないものにふかふかとしがみついて、……そこにアイーズは実は、照れもかくしている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ