次の目的地決定、テルポシエに発つわ!
「……ヒヴァラを連れて、テルポシエに行くわ!」
「ひゃんっっ!? な、な何でテルポシエっ!?」
腰掛からずり落ちそうな勢いで、ヒヴァラが驚いた。
「ヒヴァラ。ディルト侯の配下は、わたし達がファダン人だって知ってるんだから、それこそファダンじゅうをくまなく探すでしょう? でも、その先のテルポシエに行くとは思わないわよ!」
加えて、マグ・イーレとテルポシエは犬ねこの仲。
マグ・イーレ人としては敵地には極力かかわりたくなかろうし、足を踏み入れるのもためらうはず! よってテルポシエ領内の方が、ヒヴァラの足跡を消しディルト侯の追手をまくのにふさわしいのである。
「そ、そうか。なるほど」
「ヤンシーのくれたお金もあるし、一回りくらいは向こうにいます。兄ちゃん、ミハール駒に乗って行ってもいい?」
「うん。べこ柄の公用馬は、引き続きうちで預かっとくしな。テルポシエ市内にそこそこ良い宿を探して、定宿きめたらうちとファダンのお父さんに便りを出しなさい」
「はい」
「……あとねぇ。万が一、向こうでなんぞ困ったことになって、にっちもさっちも行かんような事態になったら。これを使いなさい」
アンドールは床に置いていた通勤用騎士かばんを膝に抱き、小さな布包みを取り出してアイーズに渡した。
「……何、これ?」
開けてみると、中から出てきたのはたまご大の球である。小さなでこぼこが無数についている白い表面に、≪ミ≫と緑色の字が書いてあった。目印のようである。
「接待した時に、テルポシエ高官が置いてった忘れ物。届けに来たとか何とか、適当に口実つくってその人に保護を頼みなさい」
アイーズは、球を包んでいた布のしわを伸ばした。そこに在所が書かれている。
「……テルポシエ南区あなご通り、三一七番地。ミルドレ・ナ・アリエ老侯?」
「そ。ひと昔まえは、テルポシエ宮廷ですんごい幅きかしてた大物。定年退職が近いからもう一線は引いて、今はのんびり王室のお世話係してるけどね」
「王室のお世話って……。今でもすごい人なんじゃないの?」
「だからね。それ使う時は、本当にせっぱつまった時だよ。使わなければ、必ず持って帰っておいで」
「忘れ物なのに?」
「いいんだよ。もう二年くらい預かってある、切り札みたいなもんだしね」
公私において張りめぐらせてある、兄の人脈と情報網のおこぼれと言うところだろうか。
にしたって、こういうものを軍属でないアイーズに渡すのは兄自身、危険をおかす行為であるのに。それだけアンドールもアイーズを信頼し、また身を案じてくれているということだ。
「……ありがとう、兄ちゃん。慎重に保管します」
ひげに埋もれるように、アンドールはうんうんとうなづいた。
「ま、安全第一で行っといで。いざという時はヒヴァラ君ね、理術の力で何とかしてちょうだい。アイちゃんに危ない真似だの、怪我だのさせないでおくれ?」
「は、はい……」
さほど感情のまじらない調子で言われたものの、その裏にアンドールがどすんときかせている強い圧を察知して、ヒヴァラは少し首をすくめた。
このへんもバンダイン老侯……きょうだいの父とそっくりおんなしだ、と内心で思っている。




