ディルト侯の隠し財源は……国外荘園?
「ディルト侯を含め、彼らマグ・イーレ貴族の財源はたぶん北にある」
「北……。北マグ・イーレと言うこと?」
マグ・イーレの北部と言えば山間ブロール街道が通ってはいるが、辺境の過疎地域でしかなかったはずだ。そこに何があるのだろう、とアイーズはいぶかしむ。
「ちがうよ、アイちゃん。イリーの北という意味」
「……北部穀倉地帯ってことですか? アンドールお兄さん」
問うヒヴァラの声が、驚いていた。アンドールがもさもさとうなづく。
「私ら末端貴族の者には、ぜんぜん知られていないし。知ってても到底手を出そう、なんて思えないことなんだけどね。イリー貴族の中でも野心的な投資をしたいと思う人は、イリー圏外に荘園を持ってることがあるんだな」
「しょうえん……?」
聞き慣れない言葉に、ヒヴァラは困惑しているらしい。実はアイーズも内心で戸惑っていた。どこかで聞いたことはあるが、何だったっけ……?
「今ここで言う、狭義の意味では。お金を出すだけ出して国外の土地を買って、そこで出た利益を遠隔で受け取る、ちゅうことだね」
「できるの? そんなこと」
目をしばたたかせて、アイーズは兄に問う。
「イリー諸国ではできないね。市民籍を持たないものがイリーの土地を買うことはできない、と法で決められている。だからアイちゃんが印税をためて、いつかデリアドの≪銀の浜≫に別荘地を買うことはできるよ。けどティルムンや東部大半島から来た人が、ファダンの土地を買うことはできない。どうしても買いたけりゃ、イリー諸国のどこかで外来枠の市民籍を取得する必要がある」
しかしイリー圏外の北部穀倉地帯では、外国人が土地を購入するのにそういった制約はないのである。
よって安い土地を買い上げ、土地の者を雇って作物をつくらせては利益を吸い上げるらしい。イリーと違って地味の肥えたところだから、大型農園をやらせれば利潤は確実に出る。
「えっ。でも北部穀倉地帯でとれた作物なんて、持ってくるの大変じゃないですか。遠いところから自分ちに運ぶ間に、野菜とか傷んじゃうんじゃあ……?」
「自分で食べるんではないよ、ヒヴァラ君。イリーの卸業者に売ったり、あるいは加工品をティルムンへ輸出するんだ」
「あ、そうか」
ようやくヒヴァラは気づいた。アイーズはもうだいぶ先に、思い当たっていたのだが……。
「つまりマグ・イーレの一部貴族は、北部穀倉地帯にそういった荘園を所有して、秘密裏に私腹を肥やしている。ヒヴァラの伯父さんのディルト侯も、同様にして財産を築いているってことね?」
落ち着こうと思いつつ言ったものの、アイーズの声はとある確信に震える。
「……ファダンの旧ファートリ邸で、床下から出てきたあのティルムン語の書類は。ディルト侯の荘園で作ったものを、テルポシエから輸出させるための納品書だったんじゃないのかしら?」
「その書類翻訳を、俺の父さんがうけおってたってことだろうか? アイーズ」
隣のヒヴァラを見上げて、アイーズはうなづいた。
「たぶん君のお父さんは、背景をよく知らずに協力させられていたんだと思うわ」
ディルト侯が、ヒヴァラの父ファートリ侯を見定めて妹レイミアの嫁ぎ先に選んだのは間違いない、とアイーズは思う。
生まれる子どもにティルムン語の初歩教育をほどこすことができるほど、語学に堪能な者を求めていたのだろう。ティルムン輸出入の拠点であるテルポシエはマグ・イーレの仇敵だから、テルポシエ人ではだめだ。しかしファダンなら、かの地にもほど近い。
ヒヴァラをティルムンへ送り出す頃合を見計らう間、ディルト侯は秘密の収入源である荘園作物の輸出書類を、ファートリ侯に依頼していた……。そしてヒヴァラの父は、ディルト侯の計画をまるで知らなかったと思われる。いずれレイミアの実家に跡継ぎとして迎え入れられるとだけ信じて、だから次男に妻の姓を名乗らせていた……!
「その辺の話をしてくれた人はね。北部穀倉地帯との関税交渉で、よく向こうへ行ってる人だから。まぁ情報源としては堅いと思うよ。ディルトの名前は出さなかったけど」
まるい顔を苦々しげにゆがめているアイーズを前に、アンドールは淡々もしゃもしゃと言った。
「それに、考えてみれば。ヒヴァラ君のいた沙漠の孤島みたいな養成所を作って、退役軍人やとって、って……。それを実現できるだけの大型費用をどうやって捻出したんだか。荘園経営以外に、手段なんて見当たらんのだよね」
マグ・イーレの貴族たちが住んでいる、あの住宅街のみすぼらしい光景を思い出して、アイーズは兄にうなづく。
田舎でも町なかでも、マグ・イーレの人々の暮らしは見るからにつつましかった。正直なところ、貧乏国だ。巡回騎士らのお仕着せですら、国と宮廷にお金がないことを示唆するしょぼくれ濃灰外套だったっけ、とアイーズは思い返す。
そんなところなのに、ティルムンの奥地で秘密の計画を進めさせていたディルト侯……。アンドールの言う通り、ディルト侯は私設理術士隊計画の資金を、北部穀倉地帯の荘園利益から得ていたのだろう。
「昨日≪はまみ山≫の近くで、ひとをたずねていたよそ者がいたんだと」
これまたぽつり、と何気ない風にアンドールが言った。
はっとして、アイーズは顔を上げる。
「家出したぽっちゃり娘と、ひょろい若者を探してるんだがと地元の農家に聞きまわっていたらしい。白地に黒ぶちの馬に乗ってるはずだ、と」
アイーズとヒヴァラは口を開けた。
「十中八九、マグ・イーレの者だろうね。それとお父さんの話じゃあ、ヤンシーのしょっぴいた二人組も近く放免になるはずなんだ。このまま諦めてマグ・イーレに帰ってくれればいいが、もうしばらく粘られるかもしれん。アイちゃんはどう思うかい? このままうちでじいっとしててもいいが、先手を打つこともできるにゃできるよ」
こくり! アイーズはまる顔を縦に振った。
「そうします、兄ちゃん。ヒヴァラを連れて、テルポシエに行くわ!」




