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諜報兄ちゃんが動いたようね?

・ ・ ・ ・ ・



 アイーズとヒヴァラが、浜域トゥーヒユ町のアンドール邸にまったり潜伏して五日目の夜。


 いか酢にんじんと鍋もの、ダアテの夕餉を満喫した二人にアンドールが言った。



「これから、書斎においで。二人とも」


「はい」



 食事中いつもより口数が少なかった長兄に、今日は何かあるなと感づいていたアイーズは、すぐさま立ち上がった。



「あの、えっと……?」


「いいよヒヴァラ君。今日はわたしが、歌うたいながら皿を洗うんだわー」



 ダアテに背中を押され、アイーズとヒヴァラはアンドールに続いて客間の裏、兄の小さな書斎に入った。書斎と言っても本棚や書類入れなどはない。ごく質素な机と椅子、腰掛が二つ三つあるだけのへやだ。



――どちらかと言えば、詰所の取り調べ室って感じよね。



 父の職場を知っているアイーズは、豊かなる胸のうちでつぶやく。



「まー、座って」



 手燭を机の上に置くと、アンドールはそこにあった自分の通勤用騎士かばんを、脇の床に下ろした。



「これは私の仕事でなくって。接待球技中にたまたま雑談してて、たまたま分かったことなんだけどね。たまたま」


「そうねあんちゃん。そしてわたしとヒヴァラが、それを偶然たまたま知るわけなのよね?」


「球技だけに、たまたまなんですね。アンドールお兄さん」



 アンドールは毛面積の多い顔を、もさもさと縦方向に振った。



「そうゆうこと。……ほら、イリー諸国の中でも犬ねこの仲と言うか。見えないところで地味な意地の張り合いをしている、大御所二か国があるでないの。その一方はもう一方を、じっとりねっとり観察しとるわけよ。そらもう、我々なんぞの及ばない程度にね」



 はっきり名指ししないアンドールの話し方に、ヒヴァラは小さな丸い目をさらに小さな点にしている(描きやすい)。そのまま、横に座るアイーズを見下ろした。あの、何の話??



「つまりヒヴァラの母方国・西の番長たる某所と、たいまんを張っている東の組長の話、というわけね。大丈夫よ、わたしはついていってるから話してみて、兄ちゃん。ヒヴァラもとりあえず聞いていて、わからないところは後で説明するわ」


「アイちゃん、もうちっと別のたとえで言わんかね。貴族のお嬢さまなんだから」


「いいから先を話して? 兄ちゃん」



 アンドールは金ひげの中で、もさもさと話した。直接あいての名前所属を言えないせいで回りくどい話し方になったが、要はマグ・イーレのディルト侯周辺について、兄はテルポシエ高官に情報を求めたらしい。


 そう、イリー諸国内でも≪西の雄≫マグ・イーレと好敵手の関係にある、≪東の雄≫テルポシエ。


 あら・・探しをしよう、あげ足を取ろうと常に目を光らせている分、テルポシエのほうがファダンよりはるかにマグ・イーレ事情に明るいはずなのだ!



「テルポシエはここ二十年くらい、対マグ・イーレの借款増減でそうとう優位に立ってたはずなんだけど。それにしてはマグ・イーレの一部貴族の羽振りの良さが、妙に目に余るらしいんだな。フィングラスの辺境地にとび領地を購入したり、結納金をしこたまつけて娘をデリアドにやったりするうちが、やたら多いらしいね」


「……」


「貧乏国のどこにそんな財源があるのかは、もちろん誰もはっきりとは知らない。ただ、こないだ接待した方が私見として話してくれたことが、ちょっと引っかかったんだ。あくまでその人の個人的な見解に、私が個人的興味を持っただけ。いいね?」


「はい、兄ちゃん。どこまでも兄ちゃん個人の考えでしかないわけね?」



 アイーズのあいづちに、アンドールはもさもさとうなづいた。



「たぶん、彼らの財源はにある」


「「北」」



 ここは仲良く、アイーズとヒヴァラは同時・同方向・同角度にて小首をかしげ、つぶやいた。



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