カハズ侯と文学散歩もするのよ♪
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ヒヴァラはダアテの野良仕事をよく手伝った。
≪沙漠の家≫では日中畑仕事に従事させられていたと言うが、だから嫌いと言うわけでもないらしい。むしろ嬉しそうに堆肥をかきまぜ、豆の支柱まわりの雑草を熱心に引っこ抜いている。
そういう時、アイーズはカハズ侯を連れてトゥーヒユ町の書店に行ってみた。
昔からある店で、案外品ぞろえが良い。店主のじいさんも親身に検索を手伝ってくれたのだが、ヒヴァラの呪い解除につながりそうな伝承や物語は見つからなかった。
「それにしても、カハズ侯。精霊の話って、≪東部怪談≫以外にもたくさんあるのね!」
『ほんとですねぇ、アイーズ嬢。精霊の数だけ、異なる物語があると言えます……。まあ人間だってそう、人の数だけそのひとの物語があるわけですしね』
アンドール邸への帰り道、ぽくぽくミハール駒を歩ませるアイーズの肩先に、ちょこんと乗っかったかえるが答えた。
「ええ。それに、本になっているお話っていうのはたいてい、取りつく精霊が悪者でしょう? ティーナみたいにヒヴァラを助けるつもりでくっついてる、って筋書きは全然見ないわ」
『ふうむー。……ね、アイーズ嬢。ティーナ御仁は、なぜヒヴァラ君を選んだのでしょうね?』
「えっ? 選んだ?」
アイーズは肩先を見た、……かえるはのどをぷくっと膨らましている。
『ティーナ御仁は沙漠の中で、長いこと暇にしていたと言いますけれど。それでも見知らぬ他人のヒヴァラ君に、自分の力を分けて助ける……というのは、あんまりできないことではないでしょうか?』
「ええ。それはそうね」
そう。ティーナにとって、ヒヴァラはただの通りすがりだったのだ。
アイーズにとっては昔大切にしていた存在だから、すぐにヒヴァラを助けようと思えたけれど……。行き倒れをあわれむ気持ちがあったとしても、友人でも親戚でもない人間を、そんな風に支え続けて救うということはあるだろうか?
「騎士道精神……ってわけじゃ、ないわよねぇ」
『いやいや、ティルムンに騎士はいないでしょう。……わたくしが思いますに、ティーナ御仁とヒヴァラ君のあいだには、何かがあります』
「何かって、なあに?」
『うーむ。例えば、ティーナ御仁が人間だった時の家族だとか友人に、ヒヴァラ君によく似た人がいたとか。そんな風に、何かしらヒヴァラ君を見て思い出すようなもの、ひかれる共通点があったからこそ、沙漠で見捨てなかったのではないでしょうかね!』
「なるほど……! それは確かにあり得そうね? それにティーナって口は悪いけど、ちゃらちゃらしたうわべばっかりの悪者って感じではないし」
十代の頃のヤンシーを通して、そういうちゃらい不良も数多く見て来たアイーズには、自然にそう思えていた。
『自分のこととなると、忘れた~って言ってとぼけますし。うまい頃合でさりげなく聞かないと、絶対に教えてはくれないでしょうね……。でもアイーズ嬢にはなついているのだし、折があったらそうーっと探ってみるのがいいかもしれませんよ』
「ええ、そうする。気に留めておくわ! それにしても、さすがカハズ侯ね。ふかい洞察力」
『えー、いやだそんな』
小さな水かきつきの前脚を振って、かえるは照れた。本当にかわいいけど、声はしょっぱい系おじさんである。アイーズは笑った。
「あなたが、わたしとヒヴァラのお友達でいてくれて。本当によかった」
『……こちらこそ。わたくしに世界を見せてくれるお二人に、感謝しているんです』
田舎の細道を吹き抜ける風の中に、甘酸っぱい芳香がまじる。
アイーズとかえるは頭を上げた。農地の垣根に突き出した野いばらの白い花が、満開になっている。
『……前にいた、ロスカーンの小さな湖も好かったですよ。けれど外に広がっているこの世界は、ほんとにうつくしい。あなたとヒヴァラ君がいなければ、わたくしは知ることも触れることもできませんでした……。わたくし今、本当に幸せなんです』




