このキャディおばさん、何者なの?
「福ある日を。お嬢さん」
一瞬だけ高まった緊張は、アイーズの豊かな胸のうちですぐにしぼんだ。
声をかけてきたのは小柄な、しかしまるッとふくよかなおばさんである。
小花もようの散るつなぎもんぺ服に、おそろい柄の手ぬぐいで頬かむり、全身もも色に着こなしていた。五十代くらいだろうか。後ろには長細い、大きなかばんみたいなものを引きずっている。その口のところから、先の平べったい球技用の棒がはみ出していた。
――球技補佐さんだわ!
さっきも標識が出ていたではないか。五つ沼の遊歩道近くには、球技場がある。そこの人だととっさに理解して、アイーズは挨拶を返した。
「福ある日を、奥さま。この辺に球が落ちたようには、聞こえませんでしたけど……」
「うふふ、違うのよ。ちょっとさぼって、ひと休みなの! おとなり、いい?」
「え、ええ……」
おばさんは軽い身のこなしで、倒木の上にぴょこんと乗った。
「それにね。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、耳が良いもんだからあなたのひとりごとが聞こえちゃって。彼氏が呪われて、困っているの?」
「……」
アイーズは言葉に詰まってしまった。顔が熱くなるのもわかる。黒羽の女神さまにつぶやいた願掛けを、このおばさんに聞かれてしまったなんて!
「ごく普通のイリー人のお嬢さんなら、ほんものの呪いなんてめったに体験することじゃないしね。女神さまに助けを頼んだってあたりまえよ。……わたしに詳しく、話してみない?」
優しくて、それでいてさばさばした話し方でおばさんは言う。アイーズは首をかしげた。
「あの、奥さまは……?」
「わたし? わたしはね、おばけとか呪いとか精霊とか、そういう目に見えないものにちょっと詳しいだけの、ただの地元のおばさんよ~!」
そう言ってにこっと笑った顔には笑いじわがいっぱい、ほうれい線もえくぼも目元たるみも、総勢で笑っているようだった。もも色頬かむりからはみ出した髪の毛は、真っ黒に白がたくさん混じっているが、くるんくるんと先っちょがにぎやかに丸まっている。なんだかイリー人ではないようにアイーズには思えたけれど、東部系の人ともちがう気がした。不思議な女性だ。
「……精霊に呪われた人の助け方を、ご存じなんですか?」
「はっきり、こうしなさい! なんて言うことはできないわ。そういうお話はたくさん知っているけど、あなたの彼氏のお話は彼だけのものだもの。他の話にあてはめた正解なんて、出せないのよ。でも似たような話を照らし合わせて、彼が答えをみつける手伝いはできるかもしれない」
そう淡々と言われて、アイーズは直観した。
――このおばさん、話せるッ!
書物の中に探そうとしていたのと、同じもの……。物語の蓄積を知っている人なのだ。イリーの田舎にはそういう老人が時々いる、とアイーズは以前聞いたことがあった。総じて賢いとされる、≪語る人々≫。アイーズは意を決して、おばさんに打ち明けることにする。
「実は……」
ヒヴァラが理術を使うという部分はもちろん伏せて、アイーズはことの顛末を大まかに語った。
おばさんは優しい顔で聞いていたが、ティーナがヒヴァラの身体から離れた場合は死んでしまう、というところで眉をひそめる。
「なるほど、確かにややこしい呪いね。彼に取りついている精霊が、性悪なやつじゃないのは幸いだったけど……」
「そうなんです」
「けれど、ずうっとこのままではいけないわ。人間でなくなったものが、生きている他の人間の身体の中にすみ続けるということは、本来できないはずなのよ。ごく短い間なら、まだしも……」
おばさんは、言いつつぷにっと自分の頬をつまんだ。
何だか思案している様子だったが、やがておばさんはアイーズを見据えてまじめに言う。
「彼には、熱が足りていないんだわ」




