家族全員蒸発ってどういう事なの!?
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いったん職場に戻っていたナーラッハが、午後になってから再びバンダイン家にやって来た。
「ヒヴァラ君の家族について、市庁舎で調べてきたんだがね。こりゃ、ちっと驚きの事実だよ!」
息せき切るように、中年騎士は言う。
「……家族全員、市籍抹消って……はぁぁ?」
父と母と、アイーズは口を四角く開けて驚くしかない。
ナーラッハは台所食卓の上に筆記布を広げて、順に書き付け文字を指でたどってゆく。
「まずね、ヒヴァラ君が連れていかれた年……。イリー暦166年、この明月にお母さんが離縁してファダン市民籍をなくしている。マグ・イーレの実家に戻ったのかな」
「それで? 他のご家族はどうなすったの。ヒヴァ君にはお父さん方のお祖母さんと、お兄さんが一人いたのでしょう?」
眉をぎゅうっと寄せて、アイーズの母が深刻な声で問うた。
「いや、ここからが変なんだ。翌年お兄さんは叙勲して、正規騎士になった後に高地の分団へ配属された。そこで世帯を抜けて、それっきり」
「……?」
確かにおかしな話である。
ファダン騎士団では、首邑出身の新人騎士が地方の分団に配属されることは珍しくない。特に貴族の中でも、末家端家の出身者は最初の数年を辺境地で働くことが多かった。とは言えそれは一時的なものであって、三年四年もすれば出身地へ戻されることになるのだ。十年以上も行きっぱなし、という話はほとんど聞かない。
「よっぽど人手不足の分団に、まわされたんかいな?」
バンダイン老侯が、もしゃもしゃと小首をかしげながら言った。
「あっ。行った先で、大出世して幹部になっている可能性もあるんじゃないの? お父さん」
何ごとも悪く取らないアイーズは、父に明るく言ってみる。
「むうー?」
「まあ、お兄さんの情報は引き続き、調べてみるよ。で、ヒヴァラ君のお父さんなんだがね……」
首をひねり続けるアイーズ父をよそに、ナーラッハは筆記布の上の文を、とんとんと指先で叩いた。
「お兄さんが世帯を抜けた半年後。お父さんとお祖母さんは西町の在所から転出してしまって、以降の消息がぷっつり途絶えているんだ」
父、母、アイーズ……一同は絶句した。ヒヴァラが低く、ナーラッハに問う。
「じゃあ、父も……。いなくなっちゃった、ってことですか? 俺みたいに」
「うん。ファダン領内でどこか別の町に転居したなら、その辺は市庁舎に情報が入るはずなんだよ。引っ越した先での転入届が、こっちへの転出届としてね?」
ふあんと鳶色巻き髪を揺らして、アイーズはうなづいた。
「けど、それが一切ない。それにヒヴァラ君のお父さんはファダン宮城勤務の文官騎士だったから、この年齢で地方配属なんてのはあり得ないんだよね」
アイーズは丸い頬の真ん中で、唇をきゅっとすぼめた。
いいや。いい年での地方配属も、そこへ行きっぱなしなのも、例外としてあるにはある。この辺は以前から、父と兄たちのぼそぼそ話を盗み聞きして得ていた知識だ。けれど……。
「お祖母さんも一緒に、と言うのがどうも変よ?」
ナーラッハがしたり顔で、アイーズにうなづく。
宮廷から何らかの特別任務を負っていたとして、ヒヴァラの父が痕跡をなくすのはわかる。ではどうして、ヒヴァラの祖母まで一緒に消息を絶たなければならないのか?
「そうなんだよね。この場合、地方にいるお兄さんに全面的に家督を引き渡して、お父さんとお祖母さんは国外転出した、と見るのがいちばん妥当かな」
「……」
「とにかく。ヒヴァラ君の家族は今現在、ファダン大市にはいない。でも一応、在所の家は残っているから……。行くだけ、行ってみるかい?」
ナーラッハの言葉に、ヒヴァラは困惑を隠さず唇を噛んだ。ふいとアイーズの方を振り返る。応援するつもりで、アイーズはぐっとうなづいてみせた。
不安そうなまま、ヒヴァラはうなづいて言う。
「行って、みます……」
「ようし、行こう! ヒヴァラっ」
ぽぽーん、とヒヴァラの背中を軽く叩いて、アイーズはしゃきっと立ち上がった。