雨の夜に考察を深めてみましょう
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「お義父さんからの便りには、アイちゃんの彼氏って書いてあったもんだからー。ねまきだの毛布だの、客間に二人分を用意しといたんだけど~~」
「ちがーうのッッ、お義姉さーんっっ」
のどかに言う義姉ダアテに、アイーズは決まりわるく抗議した。
長兄アンドール宅……いや、アンドール邸と言った方がいい。大きな田舎屋敷の上階に通されて休む段になり、アイーズはがくッとつんのめりそうになった。
――お父さん! おっちょこちょいなわけでもないのに、何をどうしてそんな勘違いしたのー??
「そうだよアイーズ、今日は一人でのびのび寝なよ! 俺はうまやにでも置いてもらえばいいんだからッ。ダアテさん、べこ馬の脇の仕切りが、空いてましたよねー?」
「なんだ、これまで結局いっしょだったんでないの。ヒヴァラ君も冗談独特で、おもしろい子だねぇー」
アイーズのことを考えてヒヴァラはきりっと献身的に言ったつもりが、状況をわるくしている。アイーズはさらにつんのめりそうになったが、ヒヴァラ本人はさっぱり気づいていない。
どうにかダアテに頼み込んで、家にいない甥っ子二人の室を、それぞれ使わせてもらうことになった。
どちらも最上階にある屋根裏べや、単身用の細い寝台と小さな書棚でいっぱいになっている狭い空間だ。それでもこういうところで落ち着くように、アイーズはできている。
洗い場を使ってさっぱりした後、ぱりっとしたねまきに着替えたアイーズは寝台にもぐりこむ。
ダアテがくれた毛布はびっくりするくらい分厚くて、さわりごこち抜群のもの。これならマグ・イーレの宿みたいに寒くて寝付けない、なんてことはないだろう……。
そう安心して、アイーズはぐるぐる巨大みのむし状態となり横たわった。手燭の小さな炎が、すぐ脇でちらちらと煌めいている。
とッ……と、とととと……。ととと……。
はじめささやかに、やがて盛大に、雨が屋根を叩き始めた。
さあああ……。
夜の雨は好きだ。最高に気持ち良い毛布にくるまって、あたたかい室内にいる時はとくに。
「……」
アイーズは耳いっぱいに雨音を聞き、視界を優しい蜜蝋灯りで満たしながら、ヒヴァラにまつわる謎について考え始める。
――気になること、一つめ。マグ・イーレのディルト侯は、どこまでヒヴァラを追いかけ追いつめてくるかしら……?
ヤンシーとアンドール、兄たちに助けられて現在自分たちは安全なところにいる。
今頃、ヒヴァラの伯父の手下はファダン大市内を調べ回っているのだろうか。それはどのくらい長く続くだろう? 彼らがあきらめてマグ・イーレに帰るまで、アイーズとヒヴァラはここアンドール宅に潜み続けるとして。
その前にオウゼ書房から次の校正が回ってきていたら、ちょっとまずいことになる……、とアイーズは思った。
――うーむ。背に腹は代えられないわね。オウゼ書房秘書のヒュティさんにお便りを書いて、校正原稿はファダンの家に送ってもらうよう頼んでみよう。その後お母さんに転送してもらえば、ここでだって仕事は続けられるわ!
ヒヴァラも大事だが、それで翻訳の仕事を失ってしまっては元も子もない。
それにあの令嬢秘書のヒュティならば、きっとアイーズの事情をのみこんでくれるはずだ。まあ、オウゼ書房にとっては期日内に原稿が出来上がれば、それがどこで作業されたものかなんて、どうでもいい話なのだろうけど。
ぷふー。アイーズはため息をついた。
――まったく……。それにしたって、ヒヴァラの伯父さんとお母さんには腹が立つわね! こんな風にヒヴァラに嫌な思いをさせて、理術士……兵士になることを無理強いさせた上、自分のいいように使おう、ですって? 冗談じゃないわ。ヒヴァラは、あなた達の奴隷じゃないのよ!
昨日会ったレイミア・ニ・ディルトの姿を思い出して、アイーズは不快になった。
実際どんなのかは知らないが、その兄ディルト侯というのも相当に不愉快な人物に違いない。
少なくともヒヴァラの伯父は、甥とその配下にする予定だった、計五人の少年の人生をめちゃくちゃにしたということではないか。そんなとち狂った計画を、美談めかして崇拝しているようなレイミアもどうかしている。
――そう言えば。ヒヴァラと一緒に≪沙漠の家≫に閉じ込められて、理術士になるべく学ばされた他の人たち……。その四人は、皆襲撃されたときに亡くなってしまったらしい、とヒヴァラもティーナも言っていたけど。
これもアイーズには引っかかった。この四人は、いったいどういう経緯でディルト侯にさらわれたのだろう?
考えれば考えるほど、こまかい疑問がどっさり出てくる……。




