≪アイレー大陸最強・西の魔術師≫
「……どういうことですか? アンドールお兄さん。理術士部隊って」
「うん。これまで我々の得ている情報によると、ティルムン軍の兵士……すなわち正規理術士というのは、五人ひと組の編成が基本らしいね。その一部隊単位で行動し、戦局においては隊長格が他の四人の指揮をとる。ディルト侯はティルムン軍属にならった私設部隊をひとつ有し、君がその隊長として理術をふるうことを期待していたんだと。私はそう思う」
「……」
アイーズが横から見上げると、ヒヴァラは無言のまま口をうすく開けて、茫然としたようにアンドールを見つめている。そんなヒヴァラを淡々と見返しつつ、アンドールは続けて語った。
文明発祥の地、数千年の歴史を誇るティルムンは平和主義国家である。
その黎明期においては周辺国と多くの衝突を繰り返してきたが、とある時点で戦闘行為を永久放棄すると宣言した。
よって東方へ植民していった同源支流のイリー諸国に対しても、貿易交流以上のことはしない。政治干渉もなければ、援助もしない。もともとティルムン起源であるイリー人が、東進した先でどういった災厄に見舞われようが、いかに繁栄しようがかまわない。東部大半島の原住ブリージ系、北側山岳地帯にいるキヴァンの民とどう殺し合い、どう滅びようが、勝手にしてくれという姿勢なのであった。
そうして自国の戦力については、いっさい公にしていない。
が、≪理術≫と呼ばれる秘儀を駆使する軍を有していること。その一個隊は、何倍数ものイリー騎士隊を相手にできる能力を持っていること。このくらいの基本的な知識は、準騎士として修練校でまじめに授業を受けた者なら、誰でも知っていた。
民間人のあいだでも、ティルムンの理術というのは物語に出てくる魔法なのであって、それを使う理術士はすなわち魔法使いのようなもの……。そういう大ざっぱな認識がまかり通っている。だからこそ、ティルムン理術士は≪アイレー大陸最強・西の魔術師≫と言及されることも多々あった。
しかしアンドールが口にしたのは、そういったイリー人の一般知識を越える詳細情報である。
「兄ちゃん、それ確かなの?」
自分の触れるべきでない恐ろしいことがらに、ヒヴァラが直結していると知り、アイーズの胸の内は不安に揺さぶられるようだった。
「うん。まあ、各国首脳と王族級の人らには、わりと知られてる話」
「……それじゃあ。マグ・イーレの俺の伯父さんは、俺のこと……自分の兵士にするつもりで、ティルムンに送ったってことなんでしょうか?」
「だろうね。ティルムン軍へは、ティルムンで生まれ育ったティルムン国籍の市民しか入ることはできないから、正規の方法でイリー人の理術士を得ることはできない。おそらく独自に在野の退役軍人なんかを集めて、こっそり非正規に理術士を養成する教場を設けたんでないのかな」
それがヒヴァラの言う、≪沙漠の家≫だったのだろうか……、とアイーズは思う。
「あの。……あの、ちょっと待ってください」
困惑をいっぱいにたたえた声で、ヒヴァラが言った。
「お兄さんの話、なんか色々ぴったりする感じで、怖いんです。たぶんその通りなんだと思う……。けど、俺が自分でもわかんなかった、そういうティルムンの話を。アンドールお兄さんは、なんで知ってるんですか……?」




