長兄アンドールあんちゃんの登場よ、もしゃ!
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アイーズの長兄、アンドール・ナ・バンダイン若侯は日の落ちる前に帰宅した。
かららんらーん、と裏口の戸を開けて「ただいまぁー」と聞こえたのがバンダイン老侯にそっくり同じだみ声だったものだから、ヒヴァラはあれっと思う。
「まんづアイちゃん、よく来たなー」
髪こそまだまだ豊かに金髪だが、いかつい体躯にもしゃもしゃ毛深いさまもアイーズの父と同じ。ヒヴァラは目をまん丸くするしかない。
おじさんが二十歳も若返ったらこうなる、という予想図そのまんまだった。アンドール自身、アイーズとは一回り以上も年齢が離れているし、二人も大きな息子のいるおじさんではあるが。
「まあ、確かにまだこっち、地方分団まではヒヴァラ君の捜索願は来とらんね。うちの浜域第三分団に来ていないものは、他にも行っていないと言うことだろ。ディルト家の連中は、ファダン大市に集中して嗅ぎまわってるんでないのかな」
ダアテが用意してくれたのは、豚肉に干しきのこも入れて煮込んだ鍋もの、≪かぶ煮≫だった。
まだまだ旬の春かぶがごろんと入って、口の中でとろけるように崩れてゆくのがたまらない。こくのある汁もとにかく、おいしい。義姉ダアテ心づくしのあたたかい夕餉を、アイーズとヒヴァラは夢中になって食べている。
夢中になってはいるけれど、アイーズはどうにか合間を見て、長兄アンドールに一連の顛末を話し伝えた。
≪沙漠の家≫からヒヴァラが脱出したいきさつや、マグ・イーレのディルト家でレイミアに告げられたあらましについても、アイーズは端的に語っていく。
ヒヴァラに取りついている不思議な炎の精霊ティーナと、その≪呪い≫についてはさすがに言わずにとどめたけれども。
最後に今朝、ファダン大市の手前でにせ巡回騎士に絡まれ、ヤンシーに救われたことを話した。
アンドールもばくばく食べつつ黙って聞いていたが、口ひげ頬ひげ各種ひげに埋もれかける表情が真剣である。
「そうか。ヤンシーも、うまい具合に見張っててくれたもんだ」
「はい、むちゃくちゃかっこ良かったです。外套裏地が、ぎんぎんした青い刺繍だったし!」
すかさずヒヴァラは、ヤンシーをほめたたえた(つもりだ)。
「……あいつは本当に、元不良気質が抜けんな。で、ヒヴァラ君。かくまってる以上は正直なところを聞いときたいんだけど。君はほんとに、ティルムン兵士じゃないのんだね?」
「ちがいます。理術は使えるけど、戦い方なんてまるで知らないんです。どたんばになっても、アイーズに色々指示してもらわなけりゃ手も足も出ないし……。そもそもが他の人をやっつけるとか、おっかなくって俺にはむりです」
「沙漠の家に、十年以上も閉じ込められていたそうだけど。君に理術を教えた元軍人っぽいじいさん達と、一緒にいた子たち……。それとさいごに襲撃してきた人物以外に、理術士を見たことは?」
「ありません」
ヒヴァラの言葉に、アンドールはうなづいた。腕組みをして食卓の椅子背もたれに寄りかかり、≪上の兄≫は何か思案している様子である。
「……そこで理術を学ばされてたのは、イリー人は君一人。あとは北部穀倉地帯などから連れてこられたと言う、東部ブリージ系の男の子が四人……」
「ヒヴァラ君、おかわりあげようか~?」
「あっ、お願いします。ダアテさん」
義姉ダアテがのどかに、ヒヴァラに聞いている。すでにお腹いっぱい食べたアイーズは、空の鉢皿を前に兄のひげもじゃ顔を眺めていた。
「今から言うの、機密事項にかかわることなんだけど。ヒヴァラ君は問題の中心にいる当事者だし、うちのアイちゃんも相当に巻き込んどるから、やっぱ教えとく方がいいだろね。二人とも、絶対ほかに口外しちゃいかんよ?」
「何なの? 兄ちゃん」
少し緊張して、アイーズは兄に問うた。ナカゴウとヤンシーは個人名で呼ぶが、このアンドールだけは兄ちゃんと呼んでいる。
「ヒヴァラ君の伯父のディルト侯は、私設の理術士部隊をつくるつもりでいたのだろうね。血のつながった甥であるヒヴァラ君をその筆頭にすえて、自分の思惑どおりに動かせる戦力を得たかったんだろう」
アイーズはぽかんとした。兄がまじめに言っていることの意味が……。さっぱりのみこめない!
ごくごくッ。
その隣、ダアテが大盛りによそったはずの中身を飲みつくして、かたん! ヒヴァラが鉢皿を卓子に置いた。
アイーズが見上げると、ヒヴァラはまた少し怯えるような表情になっている。
「……どういうことですか? アンドールお兄さん。理術士部隊って……!」




