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田舎の豪邸! お兄ちゃん家に到着したわ

・ ・ ・ ・ ・



 はまみ山を過ぎてからは、ファダン準街道≪はま通り≫を南下する。


 その名の通り、ファダン南部・浜域の主幹道だ。北向きの≪切り株街道≫に比べるとだいぶ細いが、整備のなされたよい道である。ガーティンローの≪ユウズ湖沼こしょう景勝街道≫と似た印象があるのは、どちらも名勝地へつながっているためだろうか。


 ≪いそぱん≫を食べて元気になったアイーズは、再びべこ馬の手綱を取っていた。今ではだいぶ落ち着いて、周囲を見渡すことができる。カハズ侯とティーナ犬が前後についてくれている、と言うのも心強かった。



「結局、≪五つ沼≫へ行くことになっちゃったわね! ヒヴァラ」


「ああ、色がいろいろ変わるっていう沼?」


「そうそう。兄のうちから近いし、いる間に見られると思うわよ」



 ≪上の兄≫のところにどれだけ滞在することになるのかはわからないが、そのくらいは楽しんでも問題ないだろう、とアイーズは思う。



「カハズ侯も、見たがっていたしね」


「うん。て言うか俺、アイーズの≪上のお兄さん≫が気になるんだけど。ヤンシーお兄さんや、ナカゴウさんに似てるの?」


「いいえ。お父さんに似てるの」



 へえ! と感心しているヒヴァラの声が、潮風にまぎれて後ろへ流れた。



・ ・ ・



 ファダン大市を過ぎてから、約二刻半といったところ。


 陽が西に傾き始めた頃、アイーズたちはファダン岬の東端部分、浜域第三分団管轄地域に入った。


 小さな田舎道だが、何度か来ているアイーズは迷わない。トゥーヒユという名の小さな町、そこの外れにある豪邸を目の前にして、ヒヴァラはびっくりした。



「さ、着いたわー。厩舎に行く前に、ちょっと声をかけるわね」


「……うまやのある家なのッ!?」



 たしかに、あってもおかしくない規模の家だ。広い石積みの門構えに、背高く厚い生け垣がはりめぐらされ、お屋敷玄関までの小道が長い。その小道をつたって、アイーズは家の前あたりに立った。



「おねえさーん」


「はあーい!!」



 はな・・にかかったアイーズの呼びかけに、甲高い声がこたえる。


 かららんらん、と裏口の方からか戸の開く音がして、たったったとがっしり小太りの女性がやってきた。目のさめるような若草色の花柄もんぺ服を着ている。



「まんづよく来たねーぇ、アイちゃん! で、こちらさんがヒヴァラ君ね?」


「こんにちは……」



 きゅうっとアイーズを抱きしめてから、女性はヒヴァラに向かってにっこり笑った。その前歯がひとつ抜けて、穴ぼこになっている。



「はいはい、こんにちは! アイちゃん義姉のダアテです。ふたりとも、よく来たね……とりあえずおんまを入れたげて、ねー」



 ダアテに促されて、二人は家の脇の厩舎にべこ馬を連れてゆく。ここはほんとに個人のうちのうまやなのだろうか、とヒヴァラは首をひねった。


 八つ仕切りがあって、三頭が新参者のべこ馬に向かって長い顔を突き出していた。小さな村の公共厩舎くらいの規模である!



「ヒヴァラ。ここでは、君の力は使わなくっていいからね?」


「うん」



 二人でべこ馬をごしごしこすってやりながら、アイーズとヒヴァラは囁き合った。


 ヤンシーも言っていたことだが、ヒヴァラが炎を使って水棲馬を倒すのを目撃した父と兄は、ヒヴァラが≪理術士≫であることを知っている。しかしそれは、その場にいた当事者たちだけの秘密ということにもなっていた。



「頭が光るの、見られたら大変だし……。ファダンのアイーズんにいた時みたいに、おとなしくしとく」


「そうそう。カハズ侯とティーナも、姿は消しておいてね?」


『はいはい。でも、すぐ近くにおりますよー』



 けろッと鳴いて、ヒヴァラの頭巾ふちに入っていた小さなかえるは消えた。ティーナは返事をしないが、どっちみちヒヴァラの中にいるのは間違いない。



「けさ早く、お義父さんからアンさんに速達が来てね。アイちゃんがよく食べる理術士彼氏を連れてゆくだろうから、かくまっておくれと頼まれたのよー」



 広大なお台所の食卓上。


 ほがらか表情の義姉に言われて、アイーズは湯のみの白湯をぶはッと噴きかけた。思い切り、ヒヴァラが理術士と知られている!



「彼氏じゃないのよ、お義姉さんッ」


「よく食べるのはほんとなんです、すいません……」


「あー、そうなの? うちにもねえ、食べざかりの息子が二人いるから心配さすけないのよ。ヒヴァラ君」



 上の兄夫婦には息子、すなわちアイーズにとっての甥っ子が二人いる。どちらも現在はファダン大市内の騎士修練校に行っていた。義姉の実家に寄宿していてアイーズ実家にもしょっちゅう来るが、たまたまヒヴァラは会っていない。



「にしても、ややこしく困った事態になったものねぇ……。お便り読んで、アンさんもむつかしいひげづらになってたけど。まぁここにいる限りは危ないことなんてないんだし、ゆっくりしてさ? のんびり休んでいがんしょいきなさいー。……おっと、お湯受けが出てなかった~」



 笑顔とともに、義姉は台所の食卓上にどかんと大きな壺を置く。



「はーい。いか酢にんじん」



 ぱあああっ!!


 ヒヴァラの顔にふわっと赤みが差す。花満開、春のはまみ山ってこんな風かもしれない、とアイーズは思った。



「うわあああ、浜域のいか酢にんじん! うっっまー」



 小皿に取り分けるのすらもどかしげ、嬉しそうに食べつつヒヴァラが叫ぶ。



「ファダンの味、そのまんまッ」


「いか酢にんじんは地域によって、ちょっとずつ風味が違うとは言うけどね。これはわたしが漬けたやつだから、どうしたってファダン大市風だよ」



 義姉はうなづきながら、ヒヴァラに言った。ダアテ自身もファダン大市の出身である。



「アンさんも、今日はなるべく早く帰ると言っていたし。ごはんの時にでも、これからのことを一緒に話し合ったらいいんでないのかしらね」


「ええ。そうするわ、お義姉さん」



 アイーズとその義姉が話しているのを、いか酢にんじんを噛みつつヒヴァラは聞いていた。


 ダアテが時々口にする、≪アンさん≫と言うのがたぶんアイーズの≪上の兄≫なのだろうな……と見当をつけながら。




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