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堪能! はまみ山名物・いそぱん

・ ・ ・ ・ ・



 そうしてしばらくの間、心やすらかにべこ馬に乗っていたアイーズだった……が。


 ぐぎゅるるるるるるるううううん!


 背中のすじからぎくり、ぞくり、とするような奇ッ怪な音が後方から響いてきて、アイーズは思わずくわッと目を見開いた。



「……ヒヴァラ??」



 そうっと振り返れば、やぎ顔を微妙にしぼめて、ヒヴァラがせつない表情である。



「ごめんなさい。これ、俺のおなかが嘆き悲しんでいる声なんだ。いぶくろがねじねじになって、悩みもだえている」


「……そ、そう」



 確かに今朝は、手持ちのぱんも少なくて、ヒヴァラの十分量にはほど遠かった。


 ま~、どうせお昼はいか酢にんじんで、お母さんの杣粥そまがゆをお鍋いっぱい食べられるんだから、いいわよね~! そうだよね~! と楽天的に構えてしまったのが、あだになったかもしれない。


 騎手の動揺はそのまま馬にもうつる。とたんに、べこ馬の歩みが鈍ったようにアイーズには思えた。



「えーと。さすがにどこかで、休憩を入れなくちゃいけないわ。……あら?」



 イリー街道から浜域・ファダン岬方面への分岐点には、小さな山がにょっこり出ているからわかりやすい。


 頂上からは水平線とファダン岬、首邑みやこが左右にひろく見渡せるこの名勝地には、地元の人びとがたくさんの花木果樹を植え付けて、ちょっとした観光名所にもなっているくらいだ。その名も≪はまみ山≫と呼ばれている。


 うめももさくら、杏の花の咲く春先は、たいへんな人賑わいでごった返すらしい。しかしりんごの花もとっくに散ってしまった今では、山は青々堂々と茂るだけでのぼる人もいない。


 けれどお腹をすかしたアイーズとヒヴァラは、はまみ山ふもとの屋台の恩恵にあずかった。



「おおおおいしいいっ、これはくせになるわぁっっ」



 屋台わきの床几に腰かけ、アイーズとヒヴァラはしっとりした蒸しぱんを堪能する。暇そうにしていたおやじが、白湯まで出してくれた。


 その辺にひらひらとはためく長いのぼりには、≪はまみ山名物いそぱん≫と染め抜いてある。



「甘いのにしょっぱい! かすかに潮っぽい香りがするけど、まさかお魚が入っているのかしら!?」


「うふふふふ。磯でとれる海藻を発酵さして、練り込んであんのよ……」



 おやじは嬉しそうに、アイーズたちにお代わりの皿を差し出す。てのひら大の丸い褐色ぱんが小山に積まれている。



「だからいそぱん・・・・なのかッ。すごい、他に比べて表現できる食べものがなんにも思いつかないぞ」


『人生は発見の連続です……。あ、わたくしのは精霊生・・・ですか……』


『けったいな味やねんな。噛んでるうちに口ん中が海っぽくなりよる。……なんで?』



 うなりながら夢中で食べる二人のそば。


 ヒヴァラの膝上で小さくなったカハズ侯が、アイーズの足元でうずくまったティーナ犬が、やはりそれぞれ言いたい放題に感想を述べつつ、食べている。ちょっと離れた草地に放たれて、べこ馬も静かに若草を食んでいた。……




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