すげぇ心配したんだぞ、ごるぁ(末兄)
「てめぇら心配したぞ、ばっきゃろおおおおおッッ」
「ややややヤンシーお兄さぁぁぁんっ!?」
アイーズの≪末の兄≫、元不良巡回騎士のヤンシー・ナ・バンダインは、片手をのばしてヒヴァラも一緒にがっしり抱いた。いや本当に。
「嘘でしょ、ヤンシー! なんでここにいるの!?」
「ヤンシーお兄さん、なんでそんなにかっこいいんですかッッ」
ようやくはがしてもらってから、アイーズとヒヴァラはヤンシーに問いたてる。
「のんきな顔してほざくんじゃねぇッ。俺がいけてんのは元々だが、昨日からやっべえことになってやがんだよッ」
アイーズとヒヴァラが、高地イヌアシュルで姿をくらました後。
父バンダイン老侯とヤンシーは、ヒヴァラ抹消を主張していたファートリ侯と一応の調停にこぎつけた。
バンダイン老侯がヒヴァラの身元を引き受けるとして、一連の悲劇的事件にどのような背景があったのかを解明するまでは、父親の遺した命令を実行しないよう約束させたのだと言う。
ヒヴァラが理術を使うこと、赫く燃える髪の怪奇うんぬんに関しては、当事者として実際に目の当たりにした彼ら以外には公にしていない。
「そうしてファダンに帰ってみたら、お前ぇらがマグ・イーレに行くと便りで知らせて来たもんだから、俺らはある意味ほっとした。少なくとも、ヒヴァラの母ちゃんから事情を聞きだしてくると踏んでな? けど昨日になって、ふざけた依頼が回ってきやがってよ」
アイーズの父と兄の職場である巡回騎士の北町詰所に、行方不明者捜索願が入ったと言う。
マグ・イーレ要人の子息たるヒヴァラ・ナ・ディルトが金銭目的で誘拐された恐れがあるので、市内外で発見しだい保護監視下においてくれ、というものだった。
「何ですって!? そんな依頼、いったい誰が……」
「依頼は匿名で来やがったんだ。うちの警邏部長はよ、理術のこと以外はヒヴァラの事情全部わかってっから握りつぶした。けど他の詰所にも同じ依頼が入ったらしいし、どういう奴がヒヴァラのことを嗅ぎまわってるんだが、皆目見当がつかねえ。そいで父ちゃんは、お前らがマグ・イーレへ行って、もしや追われる立場になったんかと危ぶんだ。だから母ちゃんと交代で、俺ぁ昨日っからここで見張ってたんだ。ああごるぁ」
ヤンシーは、草むらに転がした二人の男をぎろりとにらんだ。
「まあ、追ってきたアイーズが巡回の娘だとは思わんかったんだろうが……。他所者が、ファダン騎士をかたりやがって。ものほんのお巡りを、なめてんじゃねえぞ?? ええごるぁ」
アイーズはヤンシーに、マグ・イーレのディルト家を訪れた顛末を手短かに語った。
ヒヴァラの伯父がかの地の近衛騎士長と聞いて、元不良兄は顔をしわしわにしかめる。
「くそったれが、そんなどでかい家の思惑がうしろにあったんかよ。妙な手回しも、そらできるわな……。仕方ねぇ、ここはやっぱし浜域へ逃げとけ。アイーズ」
ヤンシーは見た目不良な真っ黒外套の前を開いて、内側のかくしをごそごそ探る。
その時かいま見えた青い裏地に、ど派手な流水文様の刺繍が施されているのに気付いて、ヒヴァラは圧倒された。
「現金おろしといたから、持ってけ。つっても貸しだぞ、あとで返せよ?」
びっくりするくらい持ち重りのする布包みを渡されて、アイーズは思わず中身をのぞいた。
「ヤンシー。これ、黒梅と干しあんずなんだけど?」
「おっと、間違えた。……こっちだ。俺の小腹空きー用もついでにくれちゃるから、持ってけごるぁ」
「でも……」
「いいか。その伯父さんつうやつは、ヒヴァラがこっちイリーに帰って来たと知って、何をどうでも自分の手元に戻そうともくろんでやがるに違ぇねえ。今のファダン大市には、ディルト配下がうようよ入り込んでるつう可能性もある。ここにいたらお前ぇら二人とも、とんでも危ねんだよ。ごるぁ」
アイーズは唇をかみしめた。
「俺はこいつら二人をしょっぴいて、父ちゃんと警邏部長に市内全域巡回への根回しを頼む。だからお前ぇらしばらくは、浜域の兄ちゃんとこでかくまってもらえ。あそこなら今一番、安全って言えんだろ? ああー?」
おっかなく目をむくヤンシーは、しかし壮絶にまじめである。
「わかったわ。……ありがとう、ヤンシー」
「ほんじゃ、行け。急げば日のあるうちに着くだろ……。こんな刺客っぽいのがぞろぞろいるとも思えねぇが、気をつけんだぞ? ごるぁ」
アイーズは再びべこ馬にまたがり、ヒヴァラを引っぱり上げる。
「お父さんとお母さん、怒ってる?」
「父ちゃんは嘆いていたが、ファダンのうちに届いたお前ぇの便り読んだら、けろりとした。母ちゃんは、お前ぇら二人ができた上で逃避行してんのかと、浮き浮きしてたぞ」
「できて、なーいッッッ」
「俺はその辺どうでもいいから、勝手にしやがれ。ほんじゃ、またそのうちな? まめに連絡入れんだぞ、ごるぁ?」
「ヤンシーお兄さーん、またすぐにねーっっ!!」
慌てふためいた様子で東方向へ去っていくべこ馬に、ひらひら手を振りつつヤンシーは頭も振る。ごきゅッ!
妹の後ろ、ヒヴァラがアイーズの肩掛け革鞄の帯ではなく、脇腹に手を添えてきゅうとしがみついているのを、ヤンシーはしっかり目にしていた。
「やっぱ、できてんのか。ごるぁ」




