西部劇×任侠アクションで攻める! 誰なのこの人?
「ファダンの私服巡回騎士だ。二人とも、ただちに下馬しなさい」
「……はぁ???」
思わず、アイーズはまぬけっぽいはな声を出してしまった。
こんなところに、馬車相乗りの巡回騎士……? いや、荷馬車はそこに止まっている。
――前方不注意で叱られるの? と言うか、私服って??
そんなの父や兄から聞いたこともない。
いや、父もヤンシーも私服は着る、非番すなわちお休みの日に。勤務時のファダン騎士なら皆、縹色外套を着ているが……。わざわざ自分の休日を主張して、目の前の男はいったい何を言いたいのであろうか。
男性の妙な言い方に、アイーズが口を開けて問いを発しかけた時。やや若い方のもう一人が、すごむ声で言う。
「アイーズ・ニ・バンダインだろう。かどわかし容疑で、あんたは指名手配されている。とっとと下馬するんだ」
アイーズの豊かな胸の底が、ひゅううっと冷たくなった。かどわかし……。すなわち誘拐!
脇腹に添えられたヒヴァラの手が、緊張していくのがわかる。それでアイーズは深く、息を吸った……。
「たしかにわたくし、バンダイン嬢でございますけれどもねッ!?」
令嬢圧のたかびしゃ度合を目いっぱいに上げて、アイーズは言い放った。
「こんなぶしつけな言いがかり、引っ掛けられるおぼえがさらッさらありませんわ! この、華奢でかよわいわたくしが! 何をどうやったら、かどわかしなんて出来ますのッ!?」
貴族お嬢さま啖呵を切るアイーズの後ろにて、見るからにかよわそうな青年ヒヴァラは身を縮めるようにしている。
その様子を見て、男二人はちらりと視線を交わした……。何か突っ込みを入れたそうな風でもある。
てッてッてッてッてッ……。
その時、例の後続騎がだいぶ離れた道の向こう側を、足早に通り過ぎて行った。
結局こちらは無関係の旅行者だったらしい。もめごとに巻き込まれるのはごめんだ、と言ったところか。
いまやアイーズは構わずに、正面の男たちに向かってつんけん調でまくし立てる。
「わたくしが一体、誰を誘拐しているって言うんです! そんなとんでもない大ぼらを吹いて、後が知れませんわよッ。あなた方、いったいどちらの部署にお勤めなんですの!?」
「……あんたの後ろにいる、ヒヴァラ・ナ・ディルトをかどわかしているじゃないか」
少々いらついてきた感じで、若い方が言った。アイーズはさらにあおる。
「それでー? 所属はどちらの詰所なの、上司の方のお名前を仰いなさいな!」
アイーズはいま確信を持った。こいつらは巡回騎士なんかじゃない! ファダン騎士の権威をかりて、アイーズとヒヴァラを拘束しようとしているのだ。
怪しいやつらにあやしまれたところで支障はない、そう思ってアイーズがヒヴァラに≪かくれみの≫の理術をかけるように囁きかけた時。
てッてッてッてッてッ……!
ものすごい勢いで近づいて……否、引き返して来る蹄音に気づいて、男のうち若い方がふいと顔を後ろに向けた。
ふわっっ……。
「え」
突然、身体の周りに影を落としたものを、男は反射的に振りほどこうと腕を回した。が。
きゅうううううッ!
それより一瞬はやく、男の身体を縄の輪が締め上げる。
ずざーっっっ……。
冗談のような身のこなしである!
早駆ける馬から跳び下りた謎の人物が、下りたその勢いのまま男の背後にすべり込み、ぐきぃぃっ――と大きな足払いをかけた。
ず・だッッ!
男の身体が地べたに叩きつけられる。と同時に、謎の襲撃者はそのみぞおちに、容赦なき深き一撃を入れた!
「かはッッ」
たちまち白眼をむく男の胸から、襲撃者は左手をすいと引き抜く――。
そのこぶしに、陽光にきらめく鋼の環が握られているのを見て、ヒヴァラは震撼した。
「貴様ぁッッ」
壮年の方のもう一人は、とっさに素早く身を引いて、すでに襲撃者と間合いを取っている。
外套のかげ、腰に装備していた中剣をさらりと抜いて、低く沈み構える姿勢!
壮年男性は謎の襲撃者に対し、ふっと素早く踏み込んでいった。
「……!」
乾いた街道上に、土ぼこりの舞う対峙格闘劇。
アイーズはわずかに、べこ馬を横へそらせる。
――ここ! 通り抜けて行っちゃ、だめかしらねー!? だめだわ!
この隙に逃亡を……とアイーズは思うものの、巡回をかたる男と謎の襲撃者のあいだの剣戟から、目を離せないでいる。それと言うのも……。
ぎいんっっ!
謎の人物が、右手にした短い武器で男の中剣を派手にさばいた。
『な、な、何ですか!? あれはッッ』
おっかなびっくり、怖いもの見たさの好奇心満載で、姿を消したカハズ侯がけろけろ言っている。
ずどーん!
男の脇腹へ、襲撃者より間髪入れない蹴込み一発! 騎士の戦い方じゃあない、何というなりふり構わぬ攻め方だ――しかし効いている!
「ぬうっ……」
重い蹴りを耐えたものの、男は左脇をかばって中剣の切っ先をわずかに下にした。決定的な隙がうまれる!
かーんッッ!!
むしろ柔らかに、しなやかに、謎の人物はくるりと回した短い武器の先で男の手首をはじいた。中剣が宙にとぶ。
謎の人物は飛び込むように、男のふところへ入り込んだ……。
ばっしーん!!!
そして惚れぼれするような腰の切り方で、男の右脇へ打ち込んだ。
ずざーッッ!
街道路肩へ突っ込んだ男は、ぴくっと動いてから静かになる。
『す、す、すごい! 斬るのでなくてかっ飛ばした!? もしやあれが戦闘用棍棒、略して戦棍なるものでしょうか!? アイーズ嬢ッ』
「……警棒よ」
興奮しているカハズ侯にそっと言ってから、アイーズは後ろを向く。
「降りて、ヒヴァラ」
「え??」
謎の襲撃者は、叩きのめした二人を早くも縄でぐるぐる巻きにしていたが、のしのしっと駆け寄るアイーズに顔を上げる。
そいつがアイーズに向かって腕を広げた瞬間、ヒヴァラはぎくっとした。
「アイーズ……え、えええ? うえーっっっ??」
が・しーッッ!
アイーズをぎゅう抱きして、ぶちゅうーっっ!
頭の横あたりに、喰らいつく熊みたいな接吻をしたその男性。
彼はぱさりと頭巾を取りのけてから、ものすごい元不良顔にてどなった。
「心配したぞ、ばっきゃろおおおおおッッ」
「ややややヤンシーお兄さぁぁぁんっ!?」
ヒヴァラの驚愕の叫びが、他にひと気のない街道上にこだまする……。




