真打マスコットの登場やっちゅうねん、そう俺!
・ ・ ・ ・ ・
「アイーズ。なんか今日、ねぼけてないかい?」
「うーん」
明けて翌朝。
ファダンに帰ってからすべき色々を、ヒヴァラとカハズ侯と話し合っているうち、ゆうべは眠ってしまったらしい。
アイーズは、少々ぼんやりした頭を振った。ヒヴァラが理術の天幕をくずし消し、今は二人でべこ馬に乗るところだけれど、変に頭が重い。
「……マグ・イーレのお宿で普通の寝台に寝たぶん、昨日は草編み天幕で深く眠っちゃったのかしら。何だかまだ、寝足りないと言うか……。って、いけないわよね~! これじゃ」
ふんっ! 気合をこめるつもりで、アイーズは鼻息をつく。
「とにかく。泣いても笑っても、今日はファダン帰国よ! 行きましょうッ」
『おうちに帰るまでが、旅ですよー』
ヒヴァラの外套頭巾ふちで、カハズ侯がけろけろ鳴いた。
『せやで。自分ち見えたあたりが、一番気のゆるむとこやねん。油断こいたらあかん』
「そうよね、……って。あら?」
アイーズはべこ馬のすぐ脇、目の前にひょろーんと立つヒヴァラを見上げた。
「ティーナは、出てきて……ないわよね?」
精霊がヒヴァラの身体を使ってしゃべっている時特有の、妖しげにきつい目つきが浮かんでいない。
見下ろしてくるヒヴァラの顔は柔和やぎ顔、いつものヒヴァラ自身だ。しかし今聞こえたのはヒヴァラと同じ声、つまりヒヴァラの声を借りたティーナにまちがいなかった。
「ないよ……あれっ?」
『ここや』
足元で声がした気がして、アイーズはふいとそこを見た。
「ひゃ――んっっっ」
「あら――ッッッ」
思わずびびってのけぞったヒヴァラの頭巾から、びょいーんとカハズ侯がとび出してしまった。
ふさふさ、おさげ髪みたいなたれ耳を揺らして、そこにいたのは赤褐色のつやつや毛並み……。アイーズの父の猟犬、ルーアではないか!
「ルーア、ルーアちゃんっ! どうしてここに!?」
アイーズは思い切り笑顔になって、両手で犬の顔をくるみこんだ。
「び、びっくりしたぁ……。なんでっ?! まさかファダンから、俺らのこと追っかけてきたってわけじゃあ……」
『んなわけあるかい、あほう。俺や』
は??
犬の口からもれた、西方ティルムン語……。アイーズとヒヴァラの目がまるい点になる(やっぱり描きやすい)。
しゃがみこんで大きな犬を両腕いっぱいに抱いていたアイーズは、ルーアにしか見えないその顔をのぞきこむ。
……目が。よくよく見れば犬の眼は、つるんと丸いルーアの眼ではない。微妙にがらの悪そうな、三白眼ではないか!!
そのさんかくお目々を片方だけ細めて、犬はにやーりと犬的に笑う。
『どや。いけてるやろ? かわいがってええねんで、蜂蜜ちゃん』
「なにしてんだああ、お前はぁぁぁッッ」
ひょろひょろっと長い腕をのばして、ヒヴァラが犬の首ねっこをつかみ、アイーズから引きはがした。
その手からしゅるっと水のように流れ出ると、犬はふわりと全身の毛を浮き立たせる……。足が地についていない、浮いている。
『かわずのおっさん見てて、思いついたんや。ヒヴァラの身体使うての一人二役の芝居状態は、聞いてる蜂蜜ちゃんが忙しないやろ? せやしちょっとだけ、姿を変えたった。蜂蜜ちゃんのお気にの、もふもふや』
『……ティーナ御仁、ですね……??』
怪奇かえる男の姿をとったカハズ侯が、まるい眼をさらに大きく、丸くしている。
「えっ……じゃあ! ティーナ、あなたヒヴァラから離れたの!?」
アイーズは息せき切ってたずねた。
『いや。そう見せとるだけ、俺の本体はヒヴァラん中はいっとる。――ほれ』
赤犬はあごをしゃくった。途端、ヒヴァラの短い髪がふわり、と赫く輝く。
「え……?」
自分の髪に左手で触れながら、ヒヴァラは困惑の表情で赤犬を見た。
よくわからないが、今アイーズたちの目の前に浮かんでいる犬の形のティーナは、ティーナのはみ出した一部分、幻のようなものらしい。
「なんだ……。呪いが解けたってわけじゃないのね」
『せや。根本の問題、なんも解決してへんやん』
「呪いの大もと元凶が、偉そうにどや顔で言うなっ。て言うか、お前がさっさと出て行けば済む話じゃないかー!」
『ほ~? ええのんかこら、俺出るで~?? するするっと、出てまうで~?』
「ちょっと、ちょっとちょっとぉぉッ」
びびりつつ抗議を始めたヒヴァラと、すごみかけるティーナ犬のあいだに入って、アイーズは両手のひらを双方に向ける。
「……つまりティーナは、まだまだヒヴァラの危機に力を貸してくれるってことでしょう? そうね、ティーナ?」
『せや。ヒヴァラの、ちゅうか蜂蜜ちゃんのやばい場面を、かっこよう助けたるねん』
くすり。アイーズは笑って、ティーナ犬の頭をなでた。
「……じゃ、行きましょう。これまで通り!」
アイーズはさっさと、べこ馬にとび乗った。差し出した手を、渋いものでも食べたような顔のヒヴァラが握る。
二人が馬上の人となったところで、再び小さくなったカハズ侯が、ヒヴァラの外套頭巾ふちにとび込んだ。ぴょん!
『我慢できてるヒヴァラ君、えらい偉い』
『ほな、行こかあー』
長い毛のしっぽをゆさゆさ、ふさふさ振りながら、進み出したべこ馬の隣をティーナ犬も歩きだす。
野宿していた樹々のあいまの空き地から、林の中へ。やがて田舎道へと出る。
白っぽいもやが残っている道の上、少し先をゆくティーナの後ろ姿は、赤い松明みたいに鮮やかだった。
「しゃくにさわるけど。……ああして姿が見えてる分、ましなのかな」
まだまだ機嫌の悪そうな声で、ヒヴァラが後ろからぼそりと言ってくる。
「そうそう。ティーナなりに、ヒヴァラを気遣ってくれてるのよ。きっと」
「ふん。……でもアイーズ。あいつより、ルーアの方が千倍はかわいいぞ」
アイーズの脇腹あたりに添えられたヒヴァラの手に、きゅーと力がこめられた。




