表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/237

真打マスコットの登場やっちゅうねん、そう俺!

・ ・ ・ ・ ・



「アイーズ。なんか今日、ねぼけてないかい?」


「うーん」



 明けて翌朝。


 ファダンに帰ってからすべき色々を、ヒヴァラとカハズ侯と話し合っているうち、ゆうべは眠ってしまったらしい。


 アイーズは、少々ぼんやりした頭を振った。ヒヴァラが理術の天幕をくずし消し、今は二人でべこ馬に乗るところだけれど、変に頭が重い。



「……マグ・イーレのお宿で普通の寝台に寝たぶん、昨日は草編み天幕で深く眠っちゃったのかしら。何だかまだ、寝足りないと言うか……。って、いけないわよね~! これじゃ」



 ふんっ! 気合をこめるつもりで、アイーズは鼻息をつく。



「とにかく。泣いても笑っても、今日はファダン帰国よ! 行きましょうッ」


『おうちに帰るまでが、旅ですよー』



 ヒヴァラの外套頭巾ふちで、カハズ侯がけろけろ鳴いた。



『せやで。自分ち見えたあたりが、一番気のゆるむとこやねん。油断こいたらあかん』


「そうよね、……って。あら?」



 アイーズはべこ馬のすぐ脇、目の前にひょろーんと立つヒヴァラを見上げた。



「ティーナは、出てきて……ないわよね?」



 精霊がヒヴァラの身体を使ってしゃべっている時特有の、妖しげにきつい目つきが浮かんでいない。


 見下ろしてくるヒヴァラの顔は柔和やぎ顔、いつものヒヴァラ自身だ。しかし今聞こえたのはヒヴァラと同じ声、つまりヒヴァラの声を借りたティーナにまちがいなかった。



「ないよ……あれっ?」


『ここや』



 足元で声がした気がして、アイーズはふいとそこを見た。



「ひゃ――んっっっ」


「あら――ッッッ」



 思わずびびってのけぞったヒヴァラの頭巾から、びょいーんとカハズ侯がとび出してしまった。


 ふさふさ、おさげ髪みたいなたれ耳を揺らして、そこにいたのは赤褐色のつやつや毛並み……。アイーズの父の猟犬、ルーアではないか!



「ルーア、ルーアちゃんっ! どうしてここに!?」



 アイーズは思い切り笑顔になって、両手で犬の顔をくるみこんだ。



「び、びっくりしたぁ……。なんでっ?! まさかファダンから、俺らのこと追っかけてきたってわけじゃあ……」


『んなわけあるかい、あほう。俺や』



 は??


 犬の口からもれた、西方ティルムン語……。アイーズとヒヴァラの目がまるい点になる(やっぱり描きやすい)。


 しゃがみこんで大きな犬を両腕いっぱいに抱いていたアイーズは、ルーアにしか見えないその顔をのぞきこむ。


 ……目が。よくよく見れば犬の眼は、つるんと丸いルーアの眼ではない。微妙にがら・・の悪そうな、三白眼ではないか!!


 そのさんかくお目々を片方だけ細めて、犬はにやーりと犬的に笑う。



『どや。いけてるやろ? かわいがってええねんで、蜂蜜はちみっちゃん』


「なにしてんだああ、お前はぁぁぁッッ」



 ひょろひょろっと長い腕をのばして、ヒヴァラが犬の首ねっこをつかみ、アイーズから引きはがした。


 その手からしゅるっと水のように流れ出ると、犬はふわりと全身の毛を浮き立たせる……。足が地についていない、浮いている。



『かわずのおっさん見てて、思いついたんや。ヒヴァラの身体使つこうての一人二役の芝居状態は、聞いてる蜂蜜ちゃんがせわしないやろ? せやしちょっとだけ、姿を変えたった。蜂蜜ちゃんのお気にの、もふもふ・・・・や』


『……ティーナ御仁、ですね……??』



 怪奇かえる男の姿をとったカハズ侯が、まるい眼をさらに大きく、丸くしている。



「えっ……じゃあ! ティーナ、あなたヒヴァラから離れた・・・の!?」



 アイーズは息せき切ってたずねた。



『いや。そう見せとるだけ、俺の本体・・はヒヴァラん中はいっとる。――ほれ』



 赤犬はあごをしゃくった。途端、ヒヴァラの短い髪がふわり、とあかく輝く。



「え……?」



 自分の髪に左手で触れながら、ヒヴァラは困惑の表情で赤犬を見た。


 よくわからないが、今アイーズたちの目の前に浮かんでいる犬の形のティーナは、ティーナのはみ出した一部分、幻のようなものらしい。



「なんだ……。呪いが解けたってわけじゃないのね」


『せや。根本の問題、なんも解決してへんやん』


「呪いの大もと元凶が、偉そうにどや顔で言うなっ。て言うか、お前がさっさと出て行けば済む話じゃないかー!」


『ほ~? ええのんかこら、俺出るで~?? するするっと、出てまうで~?』


「ちょっと、ちょっとちょっとぉぉッ」



 びびりつつ抗議を始めたヒヴァラと、すごみかけるティーナ犬のあいだに入って、アイーズは両手のひらを双方に向ける。



「……つまりティーナは、まだまだヒヴァラの危機に力を貸してくれるってことでしょう? そうね、ティーナ?」


『せや。ヒヴァラの、ちゅうか蜂蜜はちみっちゃんのやばい場面を、かっこよう助けたるねん』



 くすり。アイーズは笑って、ティーナ犬の頭をなでた。



「……じゃ、行きましょう。これまで通り!」



 アイーズはさっさと、べこ馬にとび乗った。差し出した手を、渋いものでも食べたような顔のヒヴァラが握る。


 二人が馬上の人となったところで、再び小さくなったカハズ侯が、ヒヴァラの外套頭巾ふちにとび込んだ。ぴょん!



『我慢できてるヒヴァラ君、えらい偉い』


『ほな、行こかあー』



 長い毛のしっぽをゆさゆさ、ふさふさ振りながら、進み出したべこ馬の隣をティーナ犬も歩きだす。


 野宿していた樹々のあいまの空き地から、林の中へ。やがて田舎道へと出る。


 白っぽいもやが残っている道の上、少し先をゆくティーナの後ろ姿は、赤い松明たいまつみたいに鮮やかだった。



「しゃくにさわるけど。……ああして姿が見えてる分、ましなのかな」



 まだまだ機嫌の悪そうな声で、ヒヴァラが後ろからぼそりと言ってくる。



「そうそう。ティーナなりに、ヒヴァラを気遣ってくれてるのよ。きっと」


「ふん。……でもアイーズ。あいつより、ルーアの方が千倍はかわいいぞ」



 アイーズの脇腹あたりに添えられたヒヴァラの手に、きゅーと力がこめられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ