うれしいわね!? 照れちゃうけど
「俺の次の目標! アイーズの、彼氏になりたいッッ」
ここ一番にためて放ったらしいヒヴァラの気合により、やわらか草編み天幕がぶいーんと揺れた。
アイーズは目をばちばち瞬かせて、口を四角くあんぐり開ける。
沈黙してから赤くなった。
「ヒヴァラ、」
「ああああ、だけどねぇぇ! ほんとの本当にお申込みするのは、それはティーナの呪いを解いたあとにするんだッ。だから今アイーズは、だめとかやだぁとかいけませんとか、そう答えちゃいけないんだっ」
『よろしくてよ、と受け入れる予想選択肢がまるでないのは、何故なのです。ヒヴァラ君……』
がくがくがく、腕をつかまれて揺さぶられていると思ったカハズ侯だが、よく見ればヒヴァラの手は彼の古典的ゆったり袖にすがりついて震えているのである。怪奇かえる男は不憫になった……。
「あのね、ヒヴァラ、」
「だからねアイーズ、たのむからね!? 俺がほんとに呪いを解くまで、このこと考えないで欲しいんだ! 正面きって頼める日めざして、それで俺がんばるから! かえるさん、証人になってねっっ」
アイーズの目が、まるい二つの黒点になった(描きやすい)。
――彼氏、って……。
恋人にすら、ほど遠い。許嫁だとか配偶者だとか、そういう将来的展開をぶっちぎり無視した、やわらか恋の第一歩。
それこそいなくなる直前のあの日、アイーズがヒヴァラになってほしかったそういう絆を、いま大のおとなになったヒヴァラが……提案している。
アイーズはうれしくなった。
赤くなった頬の下、豊かな胸の内で、やったぁと叫びを上げたくってたまらない。
アイーズとヒヴァラの物語は、止まっていただけだった。再び会えたあの日から、つづきが展開されていたのだ!
「ヒヴァラ」
「お願いアイーズ、今は答えないでーッッ」
「って、なんにも話せないじゃないのよーッッ」
「ひゃーんっ」
軍曹的一喝にヒヴァラは怯み、両手でカハズ侯にとりすがっている。
「まだ先の話っていうなら、どうして今言っちゃうのよ?」
怒り笑いの様相で、アイーズは貫禄を醸し出しつつ問うた。ずどーん!
「えー。だってこないだ約束したじゃないか。これから先のこと決めたら、いっとう先にアイーズに言うよって」
『すてきにおばか正直……。それもきみの長所です、ヒヴァラ君……』
横でカハズ侯が頭を振っている。
「ふん、約束ね。それじゃあわたしの方も、がっつり約束を果たさせてもらうわよ?」
「え」
「ヒヴァラ。君のこと、救うって約束したでしょ? 呪いを解いて本当にヒヴァラを助けるまでは、ちゃんとそばにいるからね! まかしておきなさいよ」
「あ、ありがと……」
「それじゃ、お白湯もう一杯つくって。さっきその辺で摘んだ香水山薄荷をいれて、お香湯ふうにしてね」
「了解であります、軍曹ッ」
安堵して詠唱を始めるヒヴァラと、笑いを抑えてひょうきん強面をつくっているアイーズ……。
二人を交互に見て、怪奇かえる男はぽかーんとしている。
――こんなにかいがいしくお世話してもらって、ずうっと一緒にいても平気で。彼氏と言わなくてもすでにそれっぽいのに……。ま、いっか! ヒヴァラ本人が嬉しそうだしね!
そしてヒヴァラ自身が頼むように、アイーズはこの件について深く考えるのはやめておこう、と思う。
いずれにせよ、ヒヴァラは過去を狂わせた母方実家と訣別し、いち市民としてファダンに暮らすつもりでいるのだ。要するに自分たちには考える時間がたくさんある、この先の未来がたっぷりまるごと。
――焦る必要はないのだから、とにかく一緒にいる今現在を楽しもう!
そう思ってアイーズは鳶色巻き髪をふあんふあんと揺らし、余裕しゃくしゃくで湯のみをすすったのである。
ほっほ~!
天幕の外、林のどこか遠くで鳴くふくろうの声さえ、なんだか陽気な夜だった。




