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旅の最後の夜は、盛り上がるわ!

 ガーティンロー首邑の赤い街並みを、右手遠方に過ぎ越す。


 海沿いイリー街道をずっと先に行ったところ、大きな村のぱん屋で徳用袋を買ってから、アイーズはべこ馬を内陸側の小道にむけた。


 ごく小さな農村がぽつぽつとある中、あまり人里を離れすぎないあたりの林に、踏み入ることにする。


 いつも通りにべこ馬を世話してから、ヒヴァラが草編み厩舎天幕に包んでやる。べこ馬も馬づらなりに、ほっとしているらしかった。マグ・イーレの公共厩舎には少々長く置かれて、不満もたまっていたと見える。しなびた貯蔵りんごの残り全部をたべて、満足気だった。


 そうしてアイーズとヒヴァラは、やぎ農家の夫婦が持たせてくれた乳蘇ちーずをつけて、黒ぱんの夕食を楽しくすませる。


 日持ちがするから、と奥さんは一番乾いた乳蘇をくれたのだが……。ヒヴァラといる限り、保存性を心配する必要はないのである。手のひら大のやぎ乳蘇は、またたく間に消えた。



『さて。これでヒヴァラ君は、マグ・イーレのお母さま側の真相を知ると言う、旅の目的を果たしたわけですね』



 嬉しそうにやぎ乳蘇をお相伴したカハズ侯が、草編み湯のみを手に言った。



「そうだね。会った、ってわけじゃなかったけど……。まあ母さんが俺のこと、どういうつもりでティルムンへやったのか、とりあえずわかったわけだし。けじめはついたかな」



 まじめな顔つきで、草編み天幕に座るヒヴァラは言った。



「マグ・イーレ側の家のことは、俺にとってもう……。うざったいようなしがらみでしかない、ってよくわかった。俺、ディルト姓はずしてファダン市民になるんだ」



 唇をきゅうっと結んで、アイーズはヒヴァラの視線を受け止める。


 いつも通りにやさしくて、どこか寂しいようなその笑顔に、何か・・の力強さがふいと見えて、アイーズの豊かな胸の奥がぷわっとふくらむ。


 それはティーナの炎じゃなかった、……そう。ヒヴァラの決意が、彼自身を鼓舞している!



「……伯父さんが、一体なにを考えてたのかはわからないし、知りたくもない。けど俺はもう、伯父さんの計画に巻き込まれるのはごめんなんだ。そのためにも、≪ディルト≫の名前はすてる」


「そうね! ファダンに帰ったら、さっそく市庁舎に申し込み行きましょうッ」



 言いつつ、アイーズは父と兄ヤンシーのことを考えた。


 あの二人は、ヒヴァラの兄のファートリ侯とうまく話をつけてくれただろうか? つけられないわけがない、アイーズは老練巡回騎士の父を信じている。元不良やん兄も、まぁそこそこ信じている! 


 と言うより、グシキ・ナ・ファートリにだってはっきり申し渡せばいいのだ。ヒヴァラはその実母と伯父とに自分の人生を狂わされたのであって、故国ファダンにそむくつもりなんてこれっぽっちもないのだ、と。


 ヒヴァラの理術が脅威になると言っているのもグシキ・ナ・ファートリだけなのだし、彼が今のヒヴァラの性格をよくよく理解して、弟が理術士であることを口外せずにいてくれれば……。



――ヒヴァラはファダン市民として、ずっと・・・わたしと一緒に生きていける。



「うん。それでねアイーズ、今はっきり次の目標ができたから! 報告するぞっ」


「おおっ、本当!? ヒヴァラ!」



 草編み天幕の床にじかに座るヒヴァラは、きゅきゅっと居ずまいをただした。あかりがわりにあかく輝いている髪の下、まじめなやぎ顔になる。


 修練校時代、何かの課題発表で皆の前に立った時の表情そのまんまだった。



「アイーズ! 俺はね!」


『はっ、あの、ちょっと待ってヒヴァラ君……』



 座った姿勢からずるっとすべるようにして、怪奇かえる男が慌てて立ち上がりかける。



『アイーズ嬢に大事な話なのでしょうッ!? わたくしは席を外しますから、どうかがんばって……』



 がしーッ!!



「いや! そこにいて欲しいんだ、かえるさんも聞いてッ」


『はいー!?』



 ヒヴァラに古典的ゆったり袖の腕をつかまれて、カハズ侯は困惑のまま座りなおす。



「俺の次の目標! アイーズの、彼氏になりたいッッ」




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