表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

113/240

やぎってかわいいわよね(力説)!

・ ・ ・ ・ ・



 やがて速足から常足なみあしに切り替える。アイーズとヒヴァラを乗せたべこ馬は、海沿いイリー街道を黙々と進んだ。


 山間ブロール街道よりも幅が広く、見通しもずっと良い。時おり起伏のある林間を通ってから、また紺色の海を右手に見る。


 馬車、ろば車、徒歩の人……。交通量も多い。少しうす曇り、けれど明るい初夏の空の下を、みな堂々と進んでいるようにアイーズには思えた。



「なんかもう、さんざんだったな」



 それまでほとんど話さずにいた、後ろのヒヴァラがぽつんと言った。



「俺のこと、母さんがあんな風に思ってたなんて。ついでに顔もおぼえてないとか、……ひどくない?」



 ひょうきんな調子で言っているけれど、アイーズにはまるわかりである。ヒヴァラは、実の母親の言葉に傷つけられていた。



「ほんとね! たぶん君のお母さん、目が悪いのよッ。でなきゃ、ヒヴァラの子やぎ顔・・・・を忘れるってどうかしてるわ!」



 マグ・イーレで受けた衝撃を、冗談めかした調子で和らげようとしているヒヴァラにあわせ、アイーズもひょうきん路線で話したのだが。



「……」



 ヒヴァラから言葉が返ってこない。



――あら? 気を悪くしたのかしら??



 ふいとアイーズが不安を感じた時、素のまんまの声でヒヴァラが言った。



「……似てる、かぁぁぁー? やぎー!!」



 くるっと一瞬、アイーズが肩越しに振り返ったら、まさにやぎ顔が目をまん丸くしてこちらを見ていた。



「ええ、似てるわね。今は大っきくなったから、大人やぎだけど」


「そうか、そうなのか……。やぎ系なんだ、俺……!」



 自覚がなかったらしい。ヒヴァラが純然たる自分発見に驚いているだけだとわかって、アイーズはかくッと脱力した。



『あのう、やぎというと。べーとか、めぇとか鳴くというどうぶつでございますか?』


「そうだよ。見たことないかい? かえるさん」


『ございません。滋養があるからと、やぎの乳蘇ちーずは生前よく食べさせられて気に入ってましたが』



 ヒヴァラの外套頭巾ふち、カハズ侯がけろけろ話している。



『実際のけものは、どんなのです? 馬みたいな感じでしょうか』


「もっとずっと小さいよ。種類がいっぱいあるけど、だいたい草たべておとなしいんだ。朝みても眠そうな顔しててさ」


『ほ~~??』



 くすり、アイーズは笑った。



「たしかに、ちょっと眠そうなとろーんとした目だけどね! のんきで優しくて、ものすごーくかわいいの。ほんとの本当に、かわいいのよー! カハズ侯」


『ほーー!!』



 言いつつ、カハズ侯はちらりとヒヴァラの日やけ顔を見上げた。


 ……ぎゅーと唇を結んで赤くなっている気がするが、まぁ陽光のせいであろう。



「……マグ・イーレの母さんは、全然やぎっぽくなかったけど」



 自ら母の話を蒸し返すヒヴァラに、アイーズは首をかしげたくなった。両手に手綱、べこ馬の頭とその前方から目を離さずに、あいづちを打つ。



「ええ?」


「……でも兄さんと俺とは、けっこう似てるって思うんだ。でもって父さんは、いまの兄さんとそっくりだったんだよ。顔だけだけど」


「あら、そうなの?」



 言われてアイーズは、ファダン高地で会ったグシキ・ナ・ファートリ……ヒヴァラの兄のことを思い出す。確かにきょうだいはよく似ていた……。同系統のやぎ顔だ。


 ファートリ侯は見かけ立派な騎士だったけど、あんなひどい仕打ちを弟にするなんて……とアイーズは思っていた。


 しかしヒヴァラの母と会い、その人となりを実感した今。アイーズは若いころのグシキ・ナ・ファートリの心境が、少しだけわかった気がする。



――あんな風にからから、つんけんした感じの人が新しいお母さんとして来たのなら……。そりゃあ不愉快にも思うわよね?



 同じ家に暮らしていた時、ヒヴァラの兄グシキ・ナ・ファートリは、父の後妻のレイミア・ニ・ディルトと仲が悪く、顔を合わせれば衝突ばかりしていたらしい。例えば自分だったら、ああいう姑のいる家はにどれだけ頼まれても嫁ぎたくない、とアイーズは思う。



「ほんとに、マグ・イーレはさんざんだったけど。でも少なくとも、父さんだけは俺に会いに来てくれたってことがわかったし。……母さんのことはもう、どうでもいいよね……。俺のほうでも、忘れちゃおうかな」


「そう、ね」


『けろん』



 アイーズとカハズ侯は、同時にそっとあいづちを打つ。



「あー、でもさぁ! 昨日の晩は、楽しかったよねぇ? 漁師なべ、≪金のうしお汁≫だっけか! ほんとおいしかったなぁぁ」


「そうね、最高だったわねぇ。迷路の本屋さんいい人だったし」


「うんうん。ああいう店で、一日中読んでられたらいいなぁ」



 その後しばらく、マグ・イーレの良かったところを二人は話す。



「要するに、けっこうおもしろいとこだ。母さんや伯父さんにさえ会わなきゃいいんだから、そのうちいつか、また来たっていいんだよね?」


「そうそう、あの海鮮汁をたべに寄るのよ~」



 うふふ、あはは。アイーズとヒヴァラの受け答えは、いまや笑いを含んで朗らかだった。


 ほんの一瞬、ヒヴァラの身体をかりて浮き出たティーナが、≪ちっとは警戒しよし≫と言いたげに鼻息をついてゆく。


 頭巾ふちの小さなカハズ侯だけが、その様子を見ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ