アクション満載でマグ・イーレを脱出よ!
「ようし……。ほな、先いこか」
ふたたび出てきたティーナに抱え上げられて、アイーズはひょいひょいと運ばれてゆく。いろいろな障害物をかるーく越えて進むための理術、≪早駆け≫と言うのだそうな。
ようやく下町に出たところで、ティーナはふわりと商家のかげに降り立つ。
「なんぼ何でも、もう地面あるいて平気やろ。一応≪かくれみの≫は続行やけど、あんまし長居するんもあかんとちがうか? この町」
「そうね。ヒヴァラを連れて、すぐ出るわ。まっすぐ厩舎へ行きましょう」
ティーナの三白眼がとろっと丸くなる。大きな溜息をつくようにして、ヒヴァラ本人がもどってきた。
「うん。……行こう、アイーズ」
『あやしい追跡使用人は、だいぶ後方でうろうろしているみたいでした。今のうち』
ふよん、と姿を浮き出させたカハズ侯が二人に言う。
アイーズはヒヴァラの手を取って、早歩きにあるき出した。
小さくなったカハズ侯が、しゅッとヒヴァラの外套頭巾ふちにおさまる。
のしのし、ひょいひょい、でこぼこな二人の歩き方はちぐはぐだった。けれど右手左手をつないだ今、歩く速さはおんなじである。
狭い石だたみ路地の上を、人を避けつつどんどん歩いて、やがて二人は昨日入市した東側の市門まえに出た。公共厩舎からべこ馬を連れ出し、手綱を引いて外に出たところで、門のすぐ内側にいたマグ・イーレ騎士とアイーズの目が合う。
濃灰外套の騎士はすばやく左右の同僚に耳うちをした、……アイーズとべこ馬をじっと見ている!
――ああっ! ……ファダン公用馬の金札を見られたっ!?
さっと血の気が引くのを、アイーズは感じた。
べこ馬の革の首環には、小さな金属札が取り付けてある。ファダン大市の所有であることを示す標識番号入りだ。
もしレイミア・ニ・ディルトが……いや、その後ろにいるダウル・ナ・ディルト侯がアイーズを不審視しているのなら。鼻のきく使用人に後をつけさせるだけでは済まさないだろう。
公共厩舎にいる馬を全頭調べて、ファダン由来の馬に乗るものを市外逃亡させないよう、手配させたに違いない!
やたら根回しが早い気もするが、何といっても悪役は頭の回りが速いのだから、疑問なんて抱いていてはだめだ。
「ヒヴァラ、乗って!」
自身ひょいとべこ馬にのり上がってから、アイーズは少々荒っぽくヒヴァラを引っぱり上げる。
「≪かくれみの≫を、わたしたち全体にかけて!」
「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え 集い来たりて 我が身をみず鏡の輝きで護れ」
ヒヴァラも疑問をはさまなかった。早口で姿くらましの術を詠唱する。
「それと同時に、さっきの≪早駆け≫できるわね?!」
「がんばる、……集い来たりて 我らを運ぶ浄きあまたの羽となれ 我らが旅路をいざ翼けよ」
四人、五人、門番小屋から出てきて増えたマグ・イーレ騎士らは、瞬時ぎょっとした表情になった。捕縛対象が急に見えなくなって、けげんそうに周りを見回している。しかし彼らは開かれた門の前に並んで、アイーズ達に通せんぼをする形になっている。
「……行くわよ、べこ馬!!」
ぐるっと後ろから、アイーズはべこ馬を走らせた。
「えっっっ? ちょっ……アイーズ!!!」
「ぎっちりつかまってるのよ、ヒヴァラ! ――跳んで!! べこ馬っっっ」
居並ぶマグ・イーレ騎士たちの壁を、その頭上を、ひょうーい! とべこ馬は高く跳んだ。
「ひゃーんっっっ」
びびり声とともに、ヒヴァラが背中から思いっきりアイーズを抱きしめてきた……のじゃない、おっかなすぎてしがみついたのだ!
と言うのも、その先にあるのは半開きの市門。開いている方とは外れていて、べこ馬アイーズ騎は閉じられた半扉の方にがちんこ衝突、必至でしかない!
ぱ・こ――ッッ!!
しかし小気味よい音をたてて、べこ馬の前脚ひづめが軽やかに扉を蹴り開ける。
数人がかりで押さなければ作動できないはずの重い市門扉が勢いよく開き、突風みたいなものが吹き抜けていった……。そう感じたマグ・イーレ騎士らは、眼前の曠野に白くのびた道を、瞬時ぽかんと見渡していた。
「ひゃっはー! 市外脱出、成功ーっっ」
豊かな胸のうちにめらめら興奮を燃え立たせて、べこ馬上のアイーズは叫んだ。ティーナの≪早駆け≫の使い方を真似してみたのが、うまくいった!
「ばーい、さらばマグ・イーレ! ボーニャとクライダーハは、あなた達にはつかまらないわよーッ」
背後を振り返らずに、アイーズはうなった。のりにのってる高揚感のために、自分の言っていることに責任をもてない状態になっている。どうか許してあげてほしい。
「ていうか、誰それー! 宿屋でも仮名に使ってたけど、元ねた何なのさー!?」
引き続きびびり中のヒヴァラが、恐々としつつ問うた。
ふかふかしたアイーズの身体にしがみついていなければ、吹っ飛ばされてしまいそうな勢いでべこ馬は走る。
「ほがッ、アイーズの髪が口ん中はいったッ」
「はっははー!」
マグ・イーレ市の東に広がる、なだらかな曠野。のちにある事件を経て、≪クロンキュレン≫というその名称はイリー諸国にひろく知られるようになる。
このだだ広い野を突っ切ってゆく街道を、アイーズとヒヴァラを乗せたべこ馬は、まさに風のごとく疾走してゆく。
海にそそり立つマグ・イーレ、≪大いなる島≫の絶景を背後にして振り返ることなく、東を目指して二人は駆けて行った。




