ついに誘拐の真相が明らかになるのかしら?
「――嘘を、おっしゃい!!」
いきなり弾けるようにして、レイミア・ニ・ディルトは低く叫んだ。
「あの子は、ヒヴァラはずっとティルムンへ留学に出しているのです。いま英才教育の仕上げ中なのですよ! それを人身売買だなどと……、言いがかりもはなはだしいですわ。あの家からそんなもの、そんな書類! 出てくるわけが、ありません!」
とたんに何かを恐れ、それを隠すべく居丈高になったレイミアを、アイーズは冷静に観察することができた。
――書類の出てきた場所を、わたしはぼんやりとしか言わなかった。それなのにレイミア・ニ・ディルトは、もと自宅のファートリ邸だとはっきり確定して反発している。狼狽しているところを見ると、書類の詳細も知らないし、後ろめたいものが何かしらあるということね?
これはいける、とアイーズは直観した。つつけばもう少し、その後ろめたい背景を知ることができるだろう。
……同時に、そういう悪意の混じる中にヒヴァラが連れ去られていったこと。実の母親がそれに少なからず加担していたことが、明らかになるだろう……。真実は哀しい方向にのびているらしい。
けれどやはり、知らなくてはならない。今さら目を背けて立ち去ることはできないところまで、アイーズとヒヴァラは来てしまっていた。
アイーズはさりげなく肩に手をやり、揉むしぐさをした。その実は左肩の上で震えているヒヴァラの手を、ぎゅうっと上から押さえつけたのだけれど。
「書類は、いま現在わたしの自宅に保管してあります。巡回騎士の皆さんには、まだ翻訳内容をお渡ししていません」
レイミアはアイーズをきつくにらみつけ、唇を引き結んでいる。
「ヒヴァラ君がいなくなってしまったのには、おうちの深い事情があったのだろうと、察しております。もし……。もし奥さまから、納得のできる説明がいただけるのでしたら。わたしとしてはその問題の書類一葉を、暖炉にくべてしまうこともできるのですが」
かまかけ、どころではない。ありもしない架空の書類をでっちあげて、いまアイーズはヒヴァラの母を脅迫しているのである。
レイミア・ニ・ディルトが恐慌しつつも、ヒヴァラのことを隠そうとしているのを目にして、アイーズは正面からの誠心突破は無理なのだ、とさとっていた。
「話していただけませんか、奥さま。ヒヴァラ君はなぜ、ファダンを去らなければならなかったのですか?」
「……」
「奥さま。どうか」
知ってることを洗いざらいこの場で今すぐ吐かんか、ごるぁぁぁぁ!? アイーズの中で、内なる元不良兄のヤンシーが咆哮している。ほんとはアイーズもそのくらい、がしがし迫りたいところだが……いやだめだ。
ふう、とレイミア・ニ・ディルトが鼻から溜息をついたらしい。ヒヴァラの母は、薄く口を開いて話し出した。
「……ヒヴァラはディルト家のものであり、あの子はマグ・イーレ人です。故国に尽くすわたくしの兄の隠し刀となり、ゆくゆくはマグ・イーレ再興の原動力になるようにと……。そう願って、西方ティルムンに託したのです」




