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ヒヴァラのママと対決よ……!

 

・ ・ ・ ・ ・



 ついに到達した、ディルト邸。


 通された玄関広間の壁ぎわ、黒木の腰掛にて待たされた。


 さくら杖を両手にたおやかに持ったまま、アイーズは考え込んでいる。


 昨夜、書店の主から得た情報……。ディルト侯が過去、三年間もティルムンに滞在していたことについて。アイーズとヒヴァラ、カハズ侯はある仮説にたどりついていた。



――ヒヴァラがさらわれたのが、イリー暦166年。その前162年から164年まで、ダウル・ナ・ディルト侯はティルムンにいた……。その三年の滞在の間に、侯はティルムンで何らかの現地人脈を持ったのかもしれない。侯のティルムン滞在とヒヴァラが連れ去られたこととは、関係しているに違いないわ!



「バンダイン嬢。レイミア様が、上階の客間にてお目にかかります」



 いかにも頭の切れそうな、女性執事のあとにアイーズはついてゆく。


 上質の石板が敷き詰められた床、のぼる階段はきしまず、屋敷の中には光が入って明るい。潤沢な経済状況がそこらじゅうに見えるうちだ。


 客間の中へ入る前、年輩の女性執事はアイーズのさくら杖を預かると慇懃に言い、それを両手にしたまま廊下に立ち尽くしている。


 半開きの扉を押して、アイーズはのしり、と踏み込んだ。


 とたん、かたい花の芳香が鼻孔をつく――中にいる人物は、ばらの香水か何かをつけているらしい。きつい・・・


 外光がふんだんに入る、大きな明るい窓。そこの前からくるりと振り返った女性がいる。


 ≪かくれみの≫の術をまとって見えないヒヴァラが、すぐそばで震えているらしい。アイーズには、気配でわかっていた。


 丸帽をとり、アイーズはうやうやしくお辞儀をする。



「初めまして。アイーズ・ニ・バンダインと申します。お時間をいていただき、誠にありがとう存じます」


「……時間はもて余していますのよ。どうぞおかけになって」



 さっきの女性執事よりさらに執事役がはまっていそうな、厳しい外見の女性である。


 背の高い人だが枯れ木のようにやせて、元々のがっしりした骨格が目立つようだった。笑わない目が、ひっつめにした金髪の下からアイーズを射抜いてくる。おそらくは四十代半ば、美しいけどこわい・・・人だ。



「ファダンの翻訳士のかたが、わたくしに何の御用です?」



 向かい合って座る長椅子の間の小卓に、白いばらの一輪挿しが置かれていた。レイミア・ニ・ディルトの他に誰の姿もない。ティルムン語翻訳の話、と言ったのが功を奏したのかしらね、とアイーズは思った。使用人を入れないのは、アイーズの話に警戒をしているからだろう。



「こちらマグ・イーレには、わたくし仕事の都合で旅してまいりましたの。けれど当地において、近衛騎士長ディルト侯のお話をたまたま聞きまして」



 アイーズは低く語り出した。



「それで、修練校時代に仲良くさせていただいた、ヒヴァラ・ナ・ディルト君のことを思い出したんです。奥さまは、ヒヴァラ君のお母さまでいらっしゃるのですよね?」



 レイミア・ニ・ディルトは座した長椅子の中で身じろぎせず、顔色も変えなかった。



「ええ、そうです」


「やっぱり」



 対照的に、アイーズはほっとしてみせた。笑顔を浮かべて、やや親しげにレイミアに話し続ける。



「ヒヴァラ君が、急にいなくなってしまった後。おうちの都合でマグ・イーレのお母さま実家へ引き取られた、と学校の先生に聞いたのです。わたしがティルムン語の翻訳士になったのも、ヒヴァラ君と勉強していたのがきっかけでしたの。もしこちらにいるのなら、久しぶりにぜひお会いしたいと思って、たずねて参りました」


「……あの子があなたと、お勉強を?」



 少しだけ、レイミア・ニ・ディルトの態度がやわらいだ。と言っても、目が微妙にまるくなっただけではあるが。意外なことを聞いた、と言う風だった。



「ええ。とっても大切なお友達なんです」



 過去形を使わず、今も続く現在形にて言ったアイーズを、レイミアはじっと見た。


 警戒ではなく、アイーズを憐れむような視線で。


 ちょうど、愚かな生徒にどう真実をさとすか、悩みあぐねている教師のような顔になった。



「……残念ですが、お嬢さん。ヒヴァラはここにはおりません。もうどこにも、いないのですよ」



 アイーズの左肩に、ふれる温かさがあった。見えていないだけで、確実にそこにいるヒヴァラが動揺して、アイーズにすがりついてきているのだ。



「ここにはいない、ですって? ヒヴァラ君はマグ・イーレよりも、もっと遠いところへ行ってしまったのですか?」



 アイーズは小首をかしげて、レイミアに問うた。



「それじゃやはり、ティルムンへ行ってしまったんですか!」



 レイミアはやはり、身じろぎをしなかった。口をかたく閉ざし、それ以上を言う気はないらしい。


 短い沈黙の後、アイーズは切り札を使うことにする。



「……実はもう一つ、最近知ったことがあるのです。ここに来る前、ファダンの巡回騎士からティルムン語の書類翻訳を依頼されたのですけれど……」


「……」


「ずっと昔の、ティルムン輸出関連の書類でした。こんなにたくさん何なのですかとお巡りさんに聞いたら、西町にあるお屋敷から、改装中に床下から出てきたのだと。……おおかたは食べ物の納品書だったのですが、……中に一枚、どうしても気になったものがあって」



 やはり微動だにしないレイミアを前に、アイーズはきいっとお腹に気合を込める。



「……人身売買としか、読めない書類だったんです。十三歳の男児ひとり、領収うんぬんと」


「――嘘を、おっしゃい!!」



 いきなり弾けるようにして、レイミアが低く叫んだ。



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