大ヒットよ! 海鮮・金のうしお汁
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宿の女将さんがすすめていた、二軒となりの料理屋に入ってみる。
瞬間、うひゃっとアイーズは身構えた。ここもだいぶ詰まっている店だ、がたいの良い男性客がひしめくように座っている。
けれど壁いっぱいの蜜蝋灯りに照らされる店内は明るいし、何より流れてくる匂いがたまらなく良い。壁際にあいている卓子を見つけて、アイーズとヒヴァラはすべり込むように座った。
「ほーい、いらっさい。今日も≪金のうしお汁≫が上出来だよ! ぜひ食ってってねえ」
給仕より漁師という方が似合っている、はちまきをしたおじさんに朗らかに言われて、二人は迷わずそれを頼んだ。
「うぁぁぁぁぁ」
「すてきぃぃぃ!」
そうしてすぐに運ばれてきたのは、白い鉢皿の中にほんとに金色に輝く、色あざやかな海鮮汁ものだった。
「なんてうまいんだッッ。魚が……いろいろ何種類入ってんの、これッ!?」
「貽貝も入ってるわよ! ……このぷよついたのは、何かしら……? いかじゃないわ~?」
黒たらにうみすずき、廉価な海魚のあら各種をていねいに切って、まるごと小魚と一緒にやわらかく煮込んである。二人のよく知らない香辛料がきいていて、実にあとを引くおいしさだ。
『にんにくと……。これ、主体は黄金根でございましょうねぇ! あーおいしい』
白湯用の陶器杯にそうっと分けた分を、小さな口でついばむようにしながらカハズ侯が言った。ぺろんと舌を出している。
「塩っぱいのになんだか甘い。不思議だなぁ」
「あ~、ここの地元産の海塩じゃないのー?」
ファダン大市育ちのアイーズとヒヴァラにとって、おいしい海鮮以上にうれしいごちそうはそうそうない。ヒヴァラはお代わりをし、食べ放題のふすま黒ぱんをがっつり食べて、頬を赤くしていた。
「うまかったかーい、兄ちゃんねえちゃん! 俺の兄貴の船で獲ってきたやつなんだよう」
どすーん、と巨大なはっか湯のゆのみを置きながら給仕おじさんが笑った。なるほど、漁師直営の店らしい。
「でもこの町って、入ってから全然海が見えなかったね?」
「あ、本当ね」
ひしめき合う商家や建物、内外の城壁にさえぎられて、水平線は全く見えなかった。海のすぐ近くにいる、という実感がほとんどわかない。
「明日、町の西側に行ったら見えるかもね」
マグ・イーレ貴族の居住区域は城の裏手、という書店主の言葉を思い出してアイーズは言った。
「……うん」
ディルト家を訪れるのは明朝、と二人は決めていた。
何がどうなるかわからない訪問だ。闇の中ではなく、陽光のもとに真実を知りたい。
……と格好をつけたが、その実は暗い中で危険をおかしたくないアイーズである。
「お母さんに会えるといいね。……会いたいよね、やっぱり?」
「うーん……」
優しく聞いたアイーズに、はにかんだような微笑でうつむく。
「どうなんだろうね。会うのが怖いような気もするんだ。……けどそれ以上に、母さん本人からほんとの話を聞きたい、っても思う。今までの色々をぜんぶ明らかにして、さっぱりしたいんだ」
「だよね! その意気よー、ヒヴァラ」
「うん。そうしてさっぱりすればね、俺……」
うんうん? と次の言葉を待ったアイーズとかえるに、ヒヴァラはくしゃっと笑顔を向けた。
やぎみたいな柔和な表情をみせて、その先を言わずににごす。
「おいしかったねぇ」
少し不自然ではあったけど、ヒヴァラのやぎ顔が笑うのがしみじみよくて、アイーズは気にせずはっか湯を飲んだ。




