表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/237

何だかちょっと妙なお宿ね?

・ ・ ・



 書店主の検索により、アイーズとヒヴァラ、カハズ侯は十数巻の≪東部怪談≫ものを手にして読んだ。


 アイーズと怪奇かえる男は、けっこうな速さで視線を左右に走らせる。


 しかしそこにあったのは、精霊に呪われて命を落としてしまった話や、魂を食べられてしまった人びとの物語ばかりであった。


 主人公の生還率がきわめて低い……いや限りなく無に近い。伝承とはいえ、きびしい世界である!



「ぺかぺかしてる光のおばけ、≪ひかりんぼ≫って言うんだ~??」



 ヒヴァラは素直に感心して読んでいるが、これも炎の精霊・・・・とは異なるものである。


 楽しい読書のひとときではあったが、ヒヴァラの呪いについて参考となる情報は得られなかった。収穫なし、残念。


 アイーズは親切な書店主に検索寸志をわたし、丁寧にお礼を言う。



「ぜひ、またいらしてくださいね。お待ちしてまーす」



 迷路のようなこの本屋、マグ・イーレ随一にして唯一の書店を辞した時、外はもうすっかり薄闇に包まれていた。


 これはいけない、とアイーズの危機管理能力が警鐘を鳴らす。


 知らない土地、それも人の多いところで暗くなってからまごつくのは、かも・・にしてくださいと軽犯罪者にこびを売るようなものだ。


 書店の扉を出た途端、カハズ侯の姿がふいと消える。小さなかえるの姿となって、ヒヴァラの頭巾ふちに入っていた。



『あ~、緊張しました……。書店なんて入ったの、わたくし初めて』


「そのわりには慣れてる感じだったよ? かえるさん」


『全部なんちゃって演技ですよ、生きてたら脇汗だくだく状態です……。ほらほらヒヴァラ君、もう暗いのだし! しっかりアイーズ嬢のお付き添いをしなくてはッ』


「はっ、そうか! ……で、どう付き添えばいいの?」


「腕でわっかを作るのよ、ヒヴァラ」



 ひょろんと長細くも頼りなさげなその腕の輪に、左手をすべり込ませてアイーズは言う。



「さっ、お宿とりましょう。ここへ来る途中で、たしか一軒見かけた気がするわ」



 右手にさくら杖、わざと明るく言って歩き出すアイーズの脇。



「……」



 ヒヴァラは何にも、言わずに歩く。



・ ・ ・



 市内壁を越えたあたりに、確かにその宿はあった。


 明るく燭の入った軒先、受付台で何やら相談している宿泊客らしいのは、みな堅気ふうの男性らばかり。商用旅行者むけで、いかがわしいところは何もなかった。……が。



――おかしい……。お安い、やす過ぎるッッ!?



 ファダン領、リメイーの町で滞在した宿も地方であるぶん割安感があったのだが、それが勝負にならないほどの安さなのだ。ここは。


 食堂がなく、飲食は二軒となりの料理屋か休み処でどうぞ、と女将は言うが……。



「えーと。じゃあ寝台ふたつのお広いおへや、お願いします」


「はいはい。それではご記帳を」



 おっとり平和な感じの年配女将さんに硬筆を差し出されて、アイーズは分厚い布帳に偽名を記す。【ボーニャとクライダーハ】


 出典および元ねたに関して、アイーズはひみつにしておく方針である。


 宿泊施設で、ばか正直に本名を書く必要はない。宿側が身分証の提示を求めることもない、ただの客数の確認なのだから。


 最上階のその客室は、一番お広いはずが相当に狭かった。


 ヒヴァラの草編み天幕とどっこいの広さに、細い寝台が二本突っ込んである。壁装飾も何もない、本当に寝台だけのところだった。穴のような小さな窓には、板様の鎧戸よろいどがしまっている。



「あれ? 何これ」



 高いところに頭がある分、ヒヴァラが先に気づいた。


 壁に窓布みたいなものがくっついていると思ったら、それが天井についた細板をつたって、寝台の間を分け仕切るのである。



「ああ、わかった! ここの宿、昔の診療所を改造したんじゃないのかしら?」


「診療所……?」



 狭い室内でも個人的空間を保てるという、合理的と言えば合理的な工夫だ。天幕宿泊に慣れてしまって、≪ヒヴァラと一緒の室≫にあまり疑問を持たなくなっているアイーズは、ともかく迫りくる空腹感解消のほうが最優先事項である。



「ようーし。じゃあ休むところも確保できたし、ごはん食べに行きましょう」


「診療所……」


「がっつりしたもの、食べたいわよね~~! ヒヴァラ、何がいい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ