何だかちょっと妙なお宿ね?
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書店主の検索により、アイーズとヒヴァラ、カハズ侯は十数巻の≪東部怪談≫ものを手にして読んだ。
アイーズと怪奇かえる男は、けっこうな速さで視線を左右に走らせる。
しかしそこにあったのは、精霊に呪われて命を落としてしまった話や、魂を食べられてしまった人びとの物語ばかりであった。
主人公の生還率がきわめて低い……いや限りなく無に近い。伝承とはいえ、きびしい世界である!
「ぺかぺかしてる光のおばけ、≪ひかりんぼ≫って言うんだ~??」
ヒヴァラは素直に感心して読んでいるが、これも炎の精霊とは異なるものである。
楽しい読書のひとときではあったが、ヒヴァラの呪いについて参考となる情報は得られなかった。収穫なし、残念。
アイーズは親切な書店主に検索寸志をわたし、丁寧にお礼を言う。
「ぜひ、またいらしてくださいね。お待ちしてまーす」
迷路のようなこの本屋、マグ・イーレ随一にして唯一の書店を辞した時、外はもうすっかり薄闇に包まれていた。
これはいけない、とアイーズの危機管理能力が警鐘を鳴らす。
知らない土地、それも人の多いところで暗くなってからまごつくのは、かもにしてくださいと軽犯罪者にこびを売るようなものだ。
書店の扉を出た途端、カハズ侯の姿がふいと消える。小さなかえるの姿となって、ヒヴァラの頭巾ふちに入っていた。
『あ~、緊張しました……。書店なんて入ったの、わたくし初めて』
「そのわりには慣れてる感じだったよ? かえるさん」
『全部なんちゃって演技ですよ、生きてたら脇汗だくだく状態です……。ほらほらヒヴァラ君、もう暗いのだし! しっかりアイーズ嬢のお付き添いをしなくてはッ』
「はっ、そうか! ……で、どう付き添えばいいの?」
「腕でわっかを作るのよ、ヒヴァラ」
ひょろんと長細くも頼りなさげなその腕の輪に、左手をすべり込ませてアイーズは言う。
「さっ、お宿とりましょう。ここへ来る途中で、たしか一軒見かけた気がするわ」
右手にさくら杖、わざと明るく言って歩き出すアイーズの脇。
「……」
ヒヴァラは何にも、言わずに歩く。
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市内壁を越えたあたりに、確かにその宿はあった。
明るく燭の入った軒先、受付台で何やら相談している宿泊客らしいのは、みな堅気ふうの男性らばかり。商用旅行者むけで、いかがわしいところは何もなかった。……が。
――おかしい……。お安い、やす過ぎるッッ!?
ファダン領、リメイーの町で滞在した宿も地方であるぶん割安感があったのだが、それが勝負にならないほどの安さなのだ。ここは。
食堂がなく、飲食は二軒となりの料理屋か休み処でどうぞ、と女将は言うが……。
「えーと。じゃあ寝台ふたつのお広いお室、お願いします」
「はいはい。それではご記帳を」
おっとり平和な感じの年配女将さんに硬筆を差し出されて、アイーズは分厚い布帳に偽名を記す。【ボーニャとクライダーハ】
出典および元ねたに関して、アイーズはひみつにしておく方針である。
宿泊施設で、ばか正直に本名を書く必要はない。宿側が身分証の提示を求めることもない、ただの客数の確認なのだから。
最上階のその客室は、一番お広いはずが相当に狭かった。
ヒヴァラの草編み天幕とどっこいの広さに、細い寝台が二本突っ込んである。壁装飾も何もない、本当に寝台だけのところだった。穴のような小さな窓には、板様の鎧戸がしまっている。
「あれ? 何これ」
高いところに頭がある分、ヒヴァラが先に気づいた。
壁に窓布みたいなものがくっついていると思ったら、それが天井についた細板をつたって、寝台の間を分け仕切るのである。
「ああ、わかった! ここの宿、昔の診療所を改造したんじゃないのかしら?」
「診療所……?」
狭い室内でも個人的空間を保てるという、合理的と言えば合理的な工夫だ。天幕宿泊に慣れてしまって、≪ヒヴァラと一緒の室≫にあまり疑問を持たなくなっているアイーズは、ともかく迫りくる空腹感解消のほうが最優先事項である。
「ようーし。じゃあ休むところも確保できたし、ごはん食べに行きましょう」
「診療所……」
「がっつりしたもの、食べたいわよね~~! ヒヴァラ、何がいい?」




