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ヘアカット大成功ね!

・ ・ ・ ・ ・


 ファダン大市の北門。アイーズとヒヴァラ、バンダイン老侯は下馬して市の外門をくぐった。


 はなだ色の外套を着た衛兵役の巡回騎士たちは、もちろんアイーズの父を知っている。誰もヒヴァラの身元を問わず、静かに通してくれた。


 もし父が付き添っていなかったら、と想像してアイーズは豊かな胸の底を冷やす。


 彼女とヒヴァラの二人だけだったなら、巡回騎士たちはヒヴァラの頭巾を下げさせていただろう。バンダイン老侯のお嬢さんの連れだから、と見逃してくれる顔見知りばかりではない。それまでの経過なりゆきを全て話して、結局は父に北門まで来てもらうしかなかったのだ。


 このあかい髪色によれよれの風采、加えて身分証がないと来ては、誰だってヒヴァラを不審に思うだろう。


 公共厩舎に父の馬を戻し、併設している駅馬業者にアイーズ達の乗って来た黒馬を返却する。赤犬ルーアの首輪に散歩ひもをつけて(市内での規則だ)、父はアイーズにうなづいた。



「ほんじゃ、わしはヒヴァラ君を床屋に連れてってから帰るし。アイちゃんは巡回詰所に行って、誰かに来てもらっとくれ」


「はい、お父さん」


「今の時間帯じゃ、ヤンシーあんちゃんはつかまらんな……。まぁ手のすいとるやつなら、誰でもええし」



 故郷に戻れてうれしいはずが、ヒヴァラは頭巾のかげでやたらしょぼんとしている。隣に寄り添うルーアの方が、よっぽど堂々としていた。


 その辺をふり切るようにして、アイーズは速足で路地をすり抜ける。古い石造家屋の重なる下町を抜ければ、父の職場・巡回騎士の北町詰所があった。



「げぇ、誘拐事件~~? なんてこった」



 アイーズのざっくり説明を聞いて、よく知るナーラッハおじさんが同行してくれる。父の同期の中年騎士、司法部にもつながりのある人だ。


 そのナーラッハを伴い、北町一画にあるバンダイン家に着く。玄関口でふさふさと寝そべっていたルーアが、むくりと起きる。父とヒヴァラはすでに戻っているらしい。台所の方から、さかんに話し合う父と母の声とが、廊下にまで聞こえてきた。



「あっ、アイーズ!」



 はたして台所に入ると、ぱかっと安堵全開の表情でヒヴァラが振り向いた。アイーズの両親とともに、台所の食卓についている。



「あらっ! ヒヴァラ、すごくさっぱりしたわね?」



 でたらめに切り詰めたのが伸び放題、と言った感じだったヒヴァラのあかい髪は、きれいに短く刈られていた。金色のひげも若いものの流行風に、目立たない程度まで短くしてある。


 なんだかずいぶん若く見えた……。別れた時のヒヴァラ少年に、より近く。アイーズは満面の笑顔で言った。



「とっても素敵よー、ヒヴァラ! それにこれだと、ほとんどいちご金髪にしか見えないわ」


「そ、そうー? よかった」



 赤みがかった明るい金髪のことを、苺金髪と言う。イリー人の間では珍しくない。


 これなら異邦人と勘違いされて、因縁をつけられることもないだろう、とアイーズは思った。……ノルディーンさんみたいにね?



「良いんだけど、ねぇー。まんずアイちゃん、困ったことになったわねー? どうぞ座って、ナーラッハさん」



 母が頭を振りながら、立ち上がってその辺の腰掛を父の同僚に引き寄せてやっている。



「今日はお母さん一人のはずだったから、お昼のしたく何もしてなかったのよ。困ったわぁ」


「そこでないだろ、おまえ」



 父がもしゃもしゃと母に突っ込みを入れる。



「そこでないんだけどね。奥さんの言う通り、はぁこりゃ困った話だよ! バンダイン。ファダンからマグ・イーレへ国境をまたいでいるだけでなく、誘拐先がティルムンなんてイリー圏外に出ちまってるなんてなあ……。ヒヴァラ君、とりあえず君の家族のことを調べるから。名前の正確なつづりと、在所を教えてくれるかい?」



 ナーラッハは持参した革かばんを開けて、さかさかと筆記布を広げながら言った。しかしヒヴァラはふいと顔をこわばらせ、緊張をにじませる。



「あの……。今、親とかに見つかったら。俺また、別のところへ行かなきゃいけなくなったり、しませんか……?」


「それはないよ」



 硬筆を墨壺に浸しながら、ナーラッハは即答した。



「アイーズ嬢ちゃんから聞いた話の限りだけど、君はティルムンで奴隷として扱われていたそうだね。ここがティルムン領だったら状況は異なるけど、ファダンじゃ奴隷制そのものが認められていない。あくまでイリー法の下に、君は自分で自分の住むところ、在るところを決められるんだ。もちろん成人してるでしょ?」


「はい」


「ナーラッハおじさん、ヒヴァラはわたしと同い年なのよ」


「そうかい。ほんじゃ何も問題ないよ。両親にしたって、君をむりやりマグ・イーレへ連れていくことも、ティルムンへ戻らせることも、もうできないさ」


「でも、あのう……。さっき、≪困った状況≫って、言ってませんでしたか」



 ナーラッハは、穏やかにうなづく。



「うん。それは向こうが勝手な理由をつけて、君を返せとぎゃんぎゃん言ってくる可能性がある、って話なんだな。それに君、路上で連れ戻し目的かもしれない追手に襲われたんだろう? これはもうはっきり許されない犯罪行為だけど、やつらが法を無視してけしからん行いをしかけてくる、という危惧もある。そういう意味で、困った話と言ったんだよ」


「……」



 ヒヴァラはどこまでも不安そうだ。何をどうしたって、彼を取り巻く一切合切が≪困った状況≫なのだから仕方ないよね、とアイーズは思う。


 だからそうっと、アイーズは隣に座るヒヴァラの肘をかるく叩いた……励ますつもりで。




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