第3話:原作主人公の任務報告1
ドロッセ村を眼下に収める森にて。
一人の老人が、人目から隠れるようにして交信魔法を発動させた。
空中にやや大きな丸い鏡が出現。
その鏡面には若い男性が浮かび上がり、老人に問う。
「……ジグルドは出所したか?」
「はい、今は刑務所近くのドロッセ村に滞在しております」
答える老人の名はクラウス。
原作主人公その人だった。
年齢はジグルドと同じ68歳。
ゲームの代名詞でもある蒼髪と蒼の瞳は若い頃よりくすんでいるが、未だ精悍な顔つきからは主人公の圧倒的なオーラが感じられる。
数々の功績を認められ、平民でありながら爵位を賜り、宮殿の中枢で国王直属の仕事をする人生を送った。
そんな彼が話す相手はオズワルド・ガルシア、現国王である。
24歳の若き国王だが、聡明で国民のためを思う名君と評されていた。
オズワルドはジグルドについて、硬い表情で語る。
「祖父が決めた"監獄行き"という処遇は甘かったと、僕はずっと思っている。唯一、クラウス卿が死刑を提案したと聞いたが、僕もその場にいたら君に賛同していただろう」
「ええ、私ももっと強く主張するべきだったと、今でも悔やみ続けております」
ジグルドは"悪の大魔導師"を謳い、数え切れないほどの悪事を行った。
メイン舞台の貴族学園では大貴族出身なので教師も手が出せず、なまじ魔法の才能があったためより質が悪い。
彼に被害を被った人間は数え切れないほどだ。
終には王国地下深くに封印されていた魔神を復活させ、文字通り王国を……いや、世界を破滅しかけた。
クラウスが魔神を倒し、ジグルドを捕獲。
世界には無事に平和が戻った……というのが、メインルートのシナリオである。
(ジグルドは危険だ。奴が収監されて50年。未だに、あいつを超える悪人を見たことがない。老人になってより思考が固くなっているとしたら、さらに危ないだろう。本来なら、殺してしまった方が良い人間なのだ)
50年経っても、クラウスの中でジグルドは要注意人物のままであった。
「クラウス卿よ、隠居してのんびり余生を送っているところをすまないな。諸々考えた結果、この仕事はやはり貴殿が適任だと判断したのだ」
「いえ、私も暇を持て余している身でございます故。どうぞ、こき使ってくださいませ。それに、元々出所したジグルドの監視は行おうと思っていたのです。あの下劣貴族が再度世に放たれるということは、悪が放たれるようなもの。見過ごすわけにはいきませぬ」
クラウスの言葉に、オズワルドは険しい顔で感謝の意を表する。
ジグルドは改心や更生などまったく信じられない人間だ、というのがオズワルドの認識だった。
諸々の悪事は人伝に聞いただけだが、会わずとも危険な人物だとわかった。
50年収監されようが、出所してすぐに悪事を働く可能性がある。
よって、オズワルドはクラウスに、ジグルドの監視を命じたのだ。
「実際のところ、出所したあの男はどうだ? もう問題を起こしたとは考えたくないがな」
「いえ、それが……」
「どうした。かなりまずい事態が起きたのか?」
言い淀むクラウスを見て、オズワルドは不穏な気配を感じる。
(結局、あの男は悪の塊だったか。やはり、祖父の判断は甘すぎたのだ)
硬い表情で待つと、ジグルド関連で生涯聞かないであろう言葉を聞いた。
「人助けを……したのです」
「……………………なに?」
報告を受け、オズワルドは思わず素の声を出す。
怪訝な表情を隠せない彼にクラウスは淡々と、しかし本人も困惑しながら説明した。
「出所後、奴は刑務所近くの森で、狼人族の娘を捕らえた奴隷商人と遭遇しました。すると、奴隷商人を殺して娘を助けたのです。高度な魔法封じの枷も破壊し、自由の身とさせました。魔法の腕は未だ健在。この50年で相当な訓練を積んだと考えられます。あろうことか、その力を私利私欲のためではなく、他人のために行使したのです」
「…………なるほどな。目撃者が貴殿でなければ、完全に偽りだと断じた話だ。とうてい、信じられん」
詳細な報告を受けたオズワルドは、大きくため息を吐きながら話し、さらに言葉を続ける。
「まさか、あの男に先を越されるとはな。僕は自分が許せない。至急、王国を上げて奴隷商人狩りを行おう。奴隷商人を殺しても、殺人罪に該当しない法律も成立させる」
近年、狼人族を筆頭に亜人の奴隷狩りが水面下で横行し始めた。
王国も実態の把握と各種法整備に邁進していたが、ジグルドに遅れを取ってしまったことにオズワルドは渋い顔だった。
「……さて、話が逸れたな。その狼人族の娘だが、保護が必要か? ジグルドのことだ。助け出したのは演技で、実際は格好の標的として苛め抜いているに違いない」
「いえ、それが……」
「なんだ、やはりジグルドは悪人だったか。待っていなさい、すぐに応援を向かわせる」
またもや言い淀むクラウスにオズワルドはどこか安心した気持ちだったが、それは次の言葉を聞くまでだった。
「娘は非常に手厚く扱っており、むしろ保護している状況でございます」
「………………なに?」
「旅の荷物は収納魔法で仕舞い、娘には少しの肉体的負担もかけていません。先ほど店も覗きましたが、腹を空かせた娘に大盛りの焼き飯を食べさせていました。娘もジグルドに感謝した様子で、涙を流しながら食事をしています」
「そんなことが……あるのか? ずいぶんと奇々怪々な事象じゃないか」
「私も信じられないのですが、事実なのです」
そこで言葉は途切れ、森には静寂が舞い戻る。
クラウスもオズワルドも、一つの疑問で頭がいっぱいだった。
((ジグルドは…………改心した?))
天と地がひっくり返るような、極めて考えられない現実であった。
二人とも押し黙るが、やがてオズワルドは結論を出す。
「クラウス卿、引き続き監視を頼む。今は良くても、いつ昔のように悪行をし始めるかわからない。もしその場合は、即刻息の根を止めるのだ」
「御意。仰せのままに」
交信を切ったクラウスは気配を殺しながら、ドロッセ村のあの店に戻った。
窓からそっと覗く。
すでにほぼ消失した焼き飯の影から、煮麺を口に運んだまま唖然とした表情で固まるジグルドが見えた。
(ジグルドは改心したのか? ……いや、とても信じられない。あいつはたった50年の収監で、心を入れ替えるような男ではない。厳格な監視が必要だ。もし、悪の心が未だ根付いているというなら…………この手で今度こそ、その人生を終わらせる)
クラウスはジグルドたちの追跡を続ける。
世に放たれた"悪"であろう存在から、善良な人々を守るため。
ジグルドの老害ムーブが好意的に勘違いされていくのは、コレットに限らないのであった。
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