第28話:悪役ジジイ、ダンジョン最深部に着く
俺たちは順調にダンジョンを進み、とうとうノクターナル最深部に到達した。
第29階層までは都市様の構造だったが、石造りの大神殿みたいな雰囲気だ。
誰が彫刻したのか、そこかしこに厳かな像が並ぶ。
天井は他のどの階層より高く、おそらく50mはあるだろう。
魔物がいないことからも、ダンジョンの中で一段と特異な場所だとわかった。
コレットは俺の腕をさりげなく掴みながら、険しい表情で歩く。
「ジグ様、ダンジョンの主はどこにいるんでしょう……」
「わからんが、警戒は怠らないようにの」
「はい……」
ひしっ!とくっつくコレットに、カイゼルが苦言を呈する。
「コレット君、君は少々ジグルド翁に甘えすぎじゃないかい……みんな、散れっ! 敵襲だ!」
鋭い声とともに、俺たちは即座に退避。
直後、ついさっきまでいた場所に超高温のブレスが炸裂した。
地面の石がドロドロに溶け、辺りは火山地帯のように熱くなる。
すかさず上空を見ると、漆黒の鱗に覆われた巨大な龍が飛んでいた。
あいつは……。
「ジグルド翁、コレット君! あれがノクターナルのボス、魔帝龍だ!」
特級魔物、魔帝龍。
漆黒の鱗――"深淵鱗"は闇属性以外の魔法を打ち消し、特級未満の武器による攻撃は半減するほどの強度を誇る。
超高温のブレスは"灼星"と呼ばれ、摂氏3000度に達する。
まさしく、このダンジョンに相応しいボスだ。
突然の襲撃の襲撃にも拘わらず、カイゼルたちはすでに戦闘態勢に入っていた。
「魔帝龍はボクたちが倒すから、二人は後方支援を頼む! ……行くよ、みんな! 今こそ、勇者パーティーの力を発揮するときだ!」
「「了解!」」
カイゼルの掛け声で、勇者パーティーはその名の通り勇ましく戦い始める。
仲間が強力な風魔法を使い魔帝龍の飛翔を妨害し、さらには天井の岩石を操作して勢いよくぶつけバランスを崩す。
そこをカイゼルが勢いよく壁を駆け上がり、斬撃を喰らわす。
"深淵鱗"が切り裂かれ血が特級だとわかる。
地下空間が壊れないように戦っているのだから大したものだな。
勇者パーティーの俊敏で力強い戦いに、傍らのコレットは見守るばかりだ。
「ジ、ジグ様、私たちはどうすれば……」
「カイゼル殿が行ったとおり、ワシらは後方支援に徹するぞよ。隙を見てサポートするんじゃ」
お言葉に甘え、俺とコレットは様子を見させてもらう。
ひっそりと岩陰に隠れて戦いを見守る。
最深部に来るまでの道程で、カイゼルから魔帝龍の逆鱗が目的だという話を聞いた。
どうやら、王国の南方地域で見知らぬ病が流行しているらしい。
今までの薬や回復魔法がまったく効かず、死者も出ているとのこと。
だが、王国の著名な医術師と薬師が研究を重ねた結果、魔帝龍の逆鱗が薬になり得ると突き止めた。
だから、カイゼル達はなるべく魔帝龍を傷つけたくないとも話していた。
俺とコレットが見守る間も、当のカイゼルは翼に剣を突き立て必死にしがみ付いていたが、とうとう勢いよく振り落とされた。
すかさず、パーティーメンバーが慌てて駆け寄る。
「「カイゼル様、大丈夫ですか!?」」
「ぐっ……! み、みんな、ボクに構うことはない。攻撃を続けるんだ」
ここまで無傷で来たカイゼルは、今や全身傷だらけだ。
出血も多い。
見た目より傷は深いようで、仲間が懸命に回復魔法をかける。
いくら勇者と言えども、相手が特級魔物では余裕がない、というわけか。
パーティーメンバーもまた然り。
これは……チャンスだな。
隙をついて殺せるかもしれない。
よし、魔帝龍の攻撃に被せるようにして…………いや、パワーオーガの時と同じように、魔物がカイゼルを庇うに決まっている。
相手はこのゲームの次期主人公と考えられる人間だ。
シナリオの強制力とやらで妨害されるのが関の山だろう。
じゃあ、どうする。
思索を巡らせたとき、ジグルドの卑劣な脳は素晴らしい作戦を導き出した。
――魔帝龍をパワーアップさせればいい。
そう、勇者が殺せないのなら、魔物に殺させればいいのだ。
しかも、魔帝龍なら確実にカイゼルを葬れるだろう。
これしかない!
俺の意思を感じ取ったかのように、魔帝龍は反撃を喰らわない高さで滞空。
魔力を練り上げ、その胸部が徐々に白く輝き始めた。
特大の"灼星"を放つつもりらしい。
まだカイゼルの回復は完了しておらず、パーティーメンバーが強固なバリアを展開する。
だが、バリアの不安定さが魔力の残量が少ないことを示していた。
コレットは放っておけないとでも言いたげに駆け出す。
「このままじゃカイゼルさんたちが死んでしまいます! 私が魔帝龍の気を逸らしますので、ジグ様は援護をお願いします!」
「待ちなさい、コレット。今からではもう間に合わん。巻き込まれて共に死んでしまうぞ」
「し、しかし……!」
「大丈夫じゃ。ワシに作戦がある。お主はここで待機していなさい」
戦闘に加わりそうだったコレットを慌てて止める。
せっかくの勇者暗殺チャンスを邪魔されてなるものか。
今一度精神を整え、カイゼルたち勇者パーティーにバレないようにとっておきの強化魔法を発動する。
「《超強化・脱理》」
この世の理から外れるほど、対象を強化させる特級の付与魔法だ。
魔帝龍の"灼星"は猛烈な速度で膨れ上がる。
「ジ、ジグ様、魔帝龍のブレスがどんどん大きくなっています!」
「ククッ、問題ない。何も心配せず見ているんじゃ」
いいぞいいぞ。
念には念を入れ、さらにダメ押しで強化しよう。
こっそりと魔力を送り続ける俺に、カイゼルが厳しい声をかける。
「ジグルド翁、コレット嬢! 今すぐそこから離れるんだ! あれほどの規模のブレスを見たことはない! この階層全体が攻撃範囲に含まれるぞ!」
隠蔽に隠蔽を重ねたからか、俺が魔帝龍を強化していることには気づいていないらしい。
近くにいるコレットにはさすがにバレているだろうが、別に問題はない。
"灼星"大きさは直径20mくらいはある。
無論、"若返りの泉"が消滅しては元も子もないので、"灼星"がカイゼルたちに当たったら強力な防御魔法で閉じ込める。
これが勇者を確実に殺す二段構えの作戦で……。
『……ギャアアアアアッ!』
突然、魔帝龍の全身から夥しい量の血が噴き出した。
断末魔の叫びを轟かせ、あっけなく落下する。
もちろん、あんなに育てた"灼星"も消失。
あまりの急展開に理解が追いつかない。
は? は? は? 何が起きた?
もしかして、カイゼルが殺したのか!?
……いや、仲間とともに呆然と跪いている。
他の魔物による襲撃も考えたが、気配はまるで感じない。
じゃあ、どうして…………そうか!
「やりましたね、ジグ様! 魔帝龍を強化し続けることで倒すなんて、ジグ様ほどの魔法使いじゃないとできない戦い方です! "正義の賢老"ジグ様はまさしく、世界最強のお方です!(ジグ様は巻き込まれないよう、先ほどは私の身を案じて止めてくださった! これからもジグ様の言うとおりに生きましょう!)」
コレットが嬉しそうに叫ぶように、魔帝龍は俺の強化魔法に耐えきれず死んだのだ!
………………。
ふざけるな!
お前、特級だろ!
なに死んでんだよ!
馬鹿野郎、こんちくしょう!
弱すぎる魔帝龍に罵詈雑言を吐いていると、カイゼル一行が来た。
死体の状態から、俺が生物の限界まで強化魔法をかけて殺したことを見抜きやがったらしい。
「ありがとう、ジグルド翁! あなたがいなかったら、ボクたちは今頃全滅していたよ! しかも、逆鱗を傷つけないよう、強化魔法で倒す手段を選んでくれたんだろう!? あなたほど強い魔法使いは僕も見たことがない! ……みんな、ジグルド翁を胴上げだ!」
「「感謝感激雨あられ!」」
「こ、こら、待つんじゃ……!」
カイゼルたち勇者パーティーは、何度も俺を宙に放り投げる。
……お前ら怪我してたんじゃないのか?
どうにか胴上げを中断させたが、ぎっくり腰の予感を思わせる嫌な痛みを感じる……。
勘弁してくれよ、マジで。
勇者パーティーが逆鱗の採取をしたところで、不意にコレットの耳が忙しなく動き始めた。
「ジグ様、魔帝龍以外にも生き物がいるみたいです」
「新手の魔物かの? まったく、老人に気遣いのない連中じゃな」
「あの岩壁の中から聞こえますね。ジグ様、どうしますか?」
コレットは奥の岩壁を指す。
どうするか……か。
"若返りの泉"は落ち着いて探索したい。
探しているときに襲撃されたらつまらんし、最悪大事な泉を汚される危険もある。
「よし、行ってみるぞよ。魔物だったら討伐するんじゃ」
カイゼル一行も回復が終わったらしく、同行するとのこと。
これは今度こそ暗殺だな。
魔物の種族にもよるが、繊細な付与魔法を意識しよう……などと考えながら件の岩壁に近寄ると、大岩が岩壁にめり込んでいた。
周囲の岩壁と同じ色のため、同化して見えなかったのだ。
大岩の周囲には微かに隙間が生じていることから、奥には洞窟が広がると考えられる。
カイゼルは注意深く見ると、大岩に手を当てた。
「……なるほど、魔物の巣があるようだね。かなり重い岩で入り口を塞いでいるな。コレット君、一緒にどかしてくれないか?」
「わかりました」
「待て待て、触るでない。こんなに重い大岩はワシが動かす。お主らは魔物の襲撃に備えるんじゃ」
我先に動かそうとするカイゼル及びコレットを後退させ、大岩に浮遊魔法をかける。
貴重な武器を奪われてなるものか。
隙を突いて、シナリオの強制力ごとカイゼルを押し潰してやる。
(ああ、ジグルド翁はこのボクも女の子扱いしてくれるんだね。嬉しいよ……)
(重いから代わりに動かすなんて……ジグ様、お優しい……)
「コレットにカイゼルよ、何か言ったかの?」
「いや、何も言ってないね」
「いえ、何も言っておりません」
なんか声が聞こえた気がするんだよな。
まぁいい。
大岩は宙に浮いた。
カイゼル、これでお前の命もおしまいだ!
思いっきり投げつけようとしたとき。
洞窟にいた"奴ら"に目を奪われ、大岩を落としてしまった。
中にいたのは魔物ではなく、銀色の髪と赤い目をした多数の男女だ。
みな手足に枷をつけられ、顔には疲労が滲む。
こ、こいつらは……!
「"狼人族"のみんな! ここにいたんですね! ずっと探していました!」
「「コレット!? コレットだああ!」」
なんと、"狼人族"のグループだった。
洞窟の中には再会を喜ぶ声が溢れ返る。
こんなところに隠れているとは思わなんだ。
チッ、人が――しかも手練れの"狼人族"が増えたことで、カイゼル暗殺の難易度が上がってしまったじゃないか。
……いや、枷で動きを封じられていればいけるか?
カイゼル暗殺の手順を考えていると、不意に歓喜の声が途切れたことに気がついた。
グループの中から二人の男女が現れる。
どことなく、コレットに似ているような…………まさか!?
「……え、嘘!? お父さん、お母さん! お父さんとお母さんだ! 会いたかった……会いたかったよぉ……!」
「コレット! 元気だったか!? 無事でよかった……本当によかった!」
「ああ、よかった……生きてたのね! 私の可愛いコレット!」
コレットとその両親は涙を流しながら硬く抱き合う。
感動の親子の再会に、カイゼルたち勇者パーティーも滝のような涙を流していた。
ふーん、良かったじゃないか。
ずっと会いたがっていたしな。
…………ん? 良かった?
別にコレットが両親と再会しようがしまいが、俺にはどうでもいいはずだろう。
若者を苦しめて老害ムーブを楽しむんじゃないのか?
まさか……心境の変化が生まれた?
いや、この俺に限ってあり得ない。
さっきのはたまたまだ。
疑問を打ち消すように心の中で頭を振っていると、気がついたら当のコレットと両親が目の前にいた。
「ジグ様、こちらにいるのが私の両親です。助けていただいて本当にありがとうございました」
「僕はゼファルドと言います。コレットから全て聞きました。奴隷商人から救い、ずっと"狼人族"を探してくれていたと……。感謝のしようもございません」
「コレットの母、ミレディですわ。ジグルド様は"狼人族"みんなの恩人でございます」
三人は他の"狼人族"と一緒に、感謝を述べては頭を下げる。
彼らはマフィアに置き去りにされた後、洞窟に隠れ、魔物を食べながらどうにか生き存えていたとのこと。
"狼人族"が食糧にしていたから、この階層に魔帝龍以外の魔物はいなかった……というわけか。
魔帝龍の存在と手足の枷で最下層からは脱出できず、ここで死ぬのを覚悟していたらしい。 食われる恐怖と餓死の恐怖が常に付きまとう日々……辛かったと思う。
「助かってよかったの。じゃが、ワシが来たからにはもう安心じゃ。ともに地上に帰ろう。お主らの同胞は里への帰還に向けて頑張っておる。一刻も早く合流して、"狼人族"の美しい里を復活させるのじゃ」
「「ジグルド様……!」」
だから、違うだろ!
どうしたわけか、思ってもない言葉が次々と口を吐いて出る。
謎の現象から逃れるように、ゼファルドに尋ねた。
「と、ところで、ゼファルドよ。"若返りの泉"の場所を知らんかの? この階層にあるはずなんじゃが」
「ええ、もちろん知っております。北西の方角に五分ほど歩いたところにある、小さな森の中です」
素晴らしい情報だ。
再会の喜び醒めやらぬ"狼人族"の輪からそっと抜け、北西の方角に走る。
ゼファルドの言う通り、こじんまりした森が見えた。
高鳴る胸を抑えながら木々をかき分け進むと、"それ"はあった。
不思議と独りでに輝き、底まで見渡せる透明度からは、もはや人智を超えたオーラを感じる。
まるで、ここだけ別世界に来たようだ。
感激のあまり震えてしまった。
「とうとう……とうとう見つけた……!」
念願の、"若返りの泉"だ!
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
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