第26話:悪役ジジイ、大森林のダンジョンに入る
「……ほぅ、これは立派なダンジョンじゃな。さすがは、王国でも高難易度として知られる迷宮都市じゃ」
「地上部分だけでも何階建てあるんでしょうね」
鬱蒼とした木々を抜けた瞬間、森に似つかわしくない巨大な建造物が姿を現した。
古城を思わせる石造りの堅牢な建物で、地上部分だけでも20mほどの高さがある。
いよいよ、目的のダンジョン"迷宮都市ノクターナル"に着いたのだ。
地上部分でこの規模なのだから、地下はもっと大きいのだろうと容易に想像できる。
最深部に"若返りの泉"があると思うと、たちまちやる気が漲ってきた。
「よーし、勢いそのままにさっそくダンジョンに入るぞよ…………ん? 誰かおるな」
「ええ、野営をしているようですし騎士団の方々でしょうか」
ノクターナルの入り口であろう巨大な木の根が纏わりついた扉の前には、多数の人間がいた。
最初はコレットの言う通り騎士団かと思ったが、近づくにつれ冒険者の野営だとわかる。
あちこちにテントを張り、慌ただしく行き交っている。
……チッ、まずいな。
"若返りの泉"狙いの集団か?
俺と同じようにマフィアから聞いたか、別ルートで情報を得た連中がいるらしい。
仮に、泉の水を丸ごと奪われたら振り出しに戻ってしまうぞ。
どうする…………そうだ、殺せばいい。
不安は即座に解消するに限る。
火魔法で根絶やしにしようと思い全身に魔力を巡らせたとき、野営の中からわらわらと若者が集まってきた。
その中の一人、深緑の髪と目をした男が慌てた様子で尋ねてくる。
「……すみません! お爺さんたちは冒険者の方々ですか!?」
「あん? いや、ただの旅の人間じゃが……」
「旅の……そうでしたか。素晴らしい魔力の波動を感じたので、てっきり手練れの冒険者かと……」
男はがっかりと項垂れる。
ククッ、なぜか知らんが老害ムーブになったらしい。
満足する一方で、よせばいいのにコレットが詳細を聞き始める。
「そんなにがっかりされるなんて、何かあったのですか? 私たちで良ければお力になります」
おい。
私"たち"とは何だ。
勝手に俺を巻き込むんじゃないよ。
「ああ、なんて優しいお二人なんだ。お会いできたのも神の思し召しでしょう。私はアルビスと申しまして、勇者パーティー後方支援のリーダーを担当しております」
「「……勇者パーティー?」」
アルビスの言葉は、俺の心臓を不気味に鼓動させた。
勇者とは原作ゲームにおける、クラウスの立ち位置だ。
50年前での勇者は国王に認められた強者の証で、特別に授与されたペンダントを示せば色んな厚遇を受けられた。
まだ、勇者の仕組みが残っているのかよ。
クラウスやベアトリーチェに断罪された記憶が蘇り、恐る恐るアルビスに尋ねる。
「ワシは世の中に疎い生活を送ってきたのじゃが、勇者には後方支援なんてできたのかの?」
「ええ、魔王が封印されてからですかね。国としても勇者パーティーを酷使し過ぎていたことが問題視され、各地の主要な街に専用の後方支援組を設置することになりました。日々は街の警備やギルドの依頼を解消し、勇者ご一行が来たら任務を手伝うのです」
「ほぅ、ずいぶんと変わったんじゃのぉ」
なんだよそれ、ずるいじゃねえか。
俺が遊んでいた時代は、消耗品やら必需品やらの管理にめっちゃくちゃ神経使ったってのによぉ。
「実は、勇者のカイゼル様が今ノクターナルに潜っているのですが、帰還予定日を過ぎても戻ってこないのです。私たち後方支援組はみな非戦闘員なので、救助に向かうに向かえず……。玉砕覚悟で突っ込むか手練れの冒険者を待つか決めかねていたところ、お二人にお会いしたという次第です」
「ふむ、そうじゃったか……」
意図せず、アルビスの話に非常に興味を惹かれた。
勇者ということは……下手したら、俺も討伐される可能性がある。
クラウスの接触こそなんか良い感じに終わったが、今の時代の勇者が俺をどう思うかはわからない。
悪人は死ぬまで悪人だ!みたいな考えを持っていたら、色々と難癖をつけられてもおかしくはないだろう。
おまけに、ダンジョンの中にいるということは、"若返りの泉"を採取した場面を見られるかもしれない。
下劣貴族ジグルド・ルブランの再来とでも危険視されたら、一生追われるのだろうか。
そんなの絶対に嫌だぞ、と思う俺に、アルビスは一枚の紙を差し出す。
「こちらがカイゼル様の魔法写真でございます」
鮮やかなオレンジ色の髪は片方だけもみあげのところを三つ編みにしており、これまたオレンジ色の目は切れ長で涼しげ。
目元には絶妙な位置にほくろがあり、一度見たら忘れられないようなネームドのオーラがすごい。
ちくしょう、こいつもイケメン野郎だ。
アルビス曰く、歴代の勇者の中でも才覚溢れる人物らしい。
勇者パーティーは他に女が三人いて、ハーレムを着くっていやがることもわかった。
より一段とムカつくな、どうする…………そうだ。
ククッ、やはりジグルドは悪知恵を考えさせたら右に出る者はいないな。
「……ジグ様、どうされましたか? 先ほどからお写真をずっと眺めていらっしゃいますが」
「いや、名案を思いついただけじゃよ」
助けるフリをして、殺せばいい。
すでに死んでいたと言えば、充分過ぎるほど誤魔化せる。
なぜなら、勇者がいたのは強力な魔物が蔓延る特級ダンジョンの中なのだから。
目撃者が限られる、もしくはほぼいないであろうことも都合がいい。
コレットは……まぁ、何とかなるだろ。
わずかな危険の種さえ事前に摘んでおく。
これぞ悪役の思考だ。
「よし、ワシらが勇者殿の救出に参ろう! 極めて高難易度のダンジョンに閉じ込められ、強力な魔物や罠に苦しみ、今この瞬間に死んでいてもおかしくない勇者パーティーを救いに行くんじゃ!」
「ジグ様……このコレット、感動で泣きそうでございます……!(さっき突然魔力を込めたのは、ジグ様は複雑な事情を即座に察し、アルビスさんたちが頼みやすくなるようにアピールしたんだ!)」
「「ありがとうございます! お二人ならきっと勇者パーティーを救っていただけます!」」
ククッ、馬鹿め。
俺に救出などするつもりはない。
すっかり騙されおって。
うまい具合に、勇者パーティーがすでに死んでいる可能性をさりげなく刷り込ませることにも成功した。
後方支援組が喜びにあふれる中、アルビスが俺たちに尋ねる。
「ところで、お二人のお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
「私はコレットと申しまして、こちらにいらっしゃるのはジグルド様です」
「ジグルド……? どこかで聞いたような……あっ!」
アルビスが何か思い出したように叫ぶと、周りの連中は固まった。
今度はなんだ、この野郎。
「「"正義の賢老"ジグルド様! まさか、こんなところでお会いできるなんて!」」
おいおい、マジかよ。
あの呼び名がこんな辺境にまで伝わっているってどういうことだ。
コレットは感激しているのか、もはや泣きそうな程の勢いで話し出す。
「"正義の賢老"ジグ様は、その辺りの冒険者では手も足も出ないほどお強いのです! 勇者パーティーの皆さんも、確実に助け出してくださいます!」
「ええ、間違いないでしょう! ああ、"正義の賢老様なら絶対に大丈夫ですね! ノクターナルですが、地上部分を調べたところただの廃墟だとわかりました。魔物が棲んだりダンジョン化しているのは地下だけなので、地上は無視して進んでくださいませ」
ほーん。
有益な情報は素直に受け取っておくか。
さっさとダンジョンに向かおうかと思ったが、良い老害ムーブを思いついた。
「ククッ、回復ポーションを4つ貰おうかの。もちろん、等級の一番高い物じゃ」
「どうぞどうぞ、お持ちくださいませ! 特級の回復ポーションでございます!(疲弊した勇者パーティーの皆さんに届けてくれるんだ! やっぱり、"正義の賢老"ジグルド様は噂通りにお優しくて視野の広い方だ!)」
高価な物資も巻き上げたところで、俺とコレットは"迷宮都市ノクターナル"に足を踏み入れる。
目指すは最深部にある"若返りの泉"、そして遭難したと思われる勇者パーティーの始末だ。
□□□
『……ガアアッ!』
「ジグ様、前の敵は私が倒します!」
「ああ、後ろはワシに任せておきなさい」
コレットのマチェットが宙を舞い、魔物の鮮血が迸る。
俺もまた、攻撃魔法で魔物を倒す。
俺たちは順調にダンジョンを進み、すでに第13階層まで到達した。
浅い階層の魔物は三級や四級が多かったが、今はほとんど二級の魔物ばかりだ。
一般的には結構な難易度のはずなものの、体感でまだ二時間ほどしか経っていないと思う。 というか、コレットが強ええ。
生活費を稼がせるためにほぼ毎日修行させてたら、いつの間にか歴戦の猛者レベルに強くなっていた。
今だって一滴の返り血も浴びていない。
当のコレットはマチェットの血を拭いながら言う。
「帰り道もまた魔物が出てきたら少々厄介ですね。救出の疲労もあるでしょうし」
「問題ない。ワシらが通った道に魔物が触れると、燃え上がる罠魔法を仕掛けてきたからの」
「さすがでございます、ジグ様!(救出した勇者パーティーの皆さんが安全に帰還できるように、準備しながら移動されていたとは! ただ戦うだけの私とは大違い……)」
"若返りの泉"を飲んだ後は、ジグルド・ルブランであることを勘づかれないように早急に姿を消したい。
だから、帰り道の道しるべ兼魔物駆除の罠魔法を仕掛けてやった。
不意に、コレットの耳がピクピクッと忙しなく動く。
「……! ジグ様、下層から微かに人の声が聞こえます! もしかしたら、勇者パーティーの皆さんかもしれません!」
「そうか、先を急ごうぞ」
俺もコレットの後を走る。
ククッ、いよいよ勇者を抹殺する瞬間が来た。
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