第24話:悪役ジジイ、原作主人公に会う
「……日暮れまでに着いてよかったのぉ」
「はい、夜になると宿屋もいっぱいになってしまうでしょうからね」
馬車から降りた俺とコレットは、揃って背伸びする(俺だけ腰の辺りから不気味な音が聞こえた)。
メガロブラス大森林を目指しながら、順調に旅は進んでいた。
尤も、まだまだ先なので今日はこの街――サンフィオーレにて一旦宿泊だ。
ゲーム時代は何もない小さな街だったが、新しい街道が開拓されてからは人通りが増え、武器屋や飲食店の多い街に変貌していた。
結構結構。
「ジグ様、今日はどんな宿がよろしいでしょうか」
「そうじゃのぉ……やはり、ベッドの柔らかい宿じゃな。空の見える窓があるとなお良い」
「承知しましたっ。さっそく、ご希望の宿を探してまいりますっ」
いつからか、コレットが宿探しを担当するようになった。
大通りの宿に顔を出しては交渉し、いつも安くて良い宿を見つけてくれる。
(ジグ様がゆっくり休めるように、最高の宿を探さなきゃ! 日頃から少しずつでも恩返ししたい!)
ククッ、奴隷として良い感じに育っているらしい。
結果として、日が完全に沈む前に宿は見つかった。
窓から覗く空には星々が瞬き始め、ベッドは柔らかい藁。
「どうでしょうか、ジグ様」
「上出来じゃ。よくやったの、コレット。これならゆっくり休めそうじゃ」
「ありがとうございます! ジグ様に気に入っていただけて嬉しいです!」
「ククッ、今から金の用意をしとくんじゃなぁ」
「もちろんでございます!」
宿代はいつも、きっちり半分ずつだ。
ついでに言うと食事代も。
(私の分だけ払えばいいなんて、ジグ様はお金の管理もしっかりなさっている……! 宿代や食事代の支払いがいつもきっちり分けられているのは、お金を稼ぐ大変さや尊さを教えてくれているんだ)
決して1ゼーニたりとも多く奢ったりしたくない。
せっかくなので夕食は外で食べようと思い、コレットとサンフィオーレの街を歩いていたら大食いチャレンジの店を見つけた。
無論、夕食代はタダになった。
宿に戻ろうとしたときだ。
不意に、誰かに名前を呼ばれた。
「……ジグルド」
「んぁ?」
振り返ると、知らないジジイがいる。
美しい蒼い髪と蒼い瞳が闇夜に輝く。
……明らかにネームドのオーラだ。
メインキャラの50年後かもしれないな。
俺と同じくらいの年なのにイケオジ感がすごい。
チッ、リア充人生を送るとこうなるらしい。
なぜだか知らんが、蒼髪ジジイは険しい顔つきで俺を見る。
「私が誰だかわかるか?」
「あん?」
知らねえよ、このリア充ジジイが。
こいつは誰だと思う間も、蒼髪ジジイの厳しい表情は変わらない。
もはや、睨みつけるという表現がピッタリな様子を見て、傍らのコレットが心配そうに俺の袖を引っ張った。
「ジグ様、お知り合いでしょうか……」
「いや、知らんの。人違いじゃろう。さあ、さっさと宿に……っ!」
無視して宿に帰ろうとした瞬間、走馬灯のように"とある記憶"が蘇った。
俺は……この蒼髪ジジイを…………知っている!
前世の記憶を取り戻す前の俺が、"50年間も"復讐の炎を燃え上がらせた男。
そう、原作主人公その人。
「お前は………………クラウス」
□□□
「マスター、"ルナブルー"を一つ。……ジグルド、お前はどうする?」
「じゃあ……ワシも同じのを……」
クラウスの髪や瞳と同じ、蒼色のカクテルが運ばれてくる。
美しい蒼色がとても有名な酒サンスカイ、中央には月に見立てたレモンジュースが浮かぶ。
飲む度に欠けていき、最後には新月となって消える洒落た酒……。
ここは裏路地にある隠れ家的なバー、"ザ・ヴェール"。
なぜかよくわからんが、クラウスに連れ込まれたのだ。
頼みのコレットも何かを察したのか、先に宿屋に戻ってしまった。
クラウスは何も話さず、かといって乾杯もせず、黙々と"ルナブルー"を飲む。
仕方ないので俺も一口飲んだ。
夜風を思わせる爽やかな風味が吹き渡った後、甘酸っぱいレモンのアクセントが仄かに顔を出す。
うまい。
そして、クラウスは何も話さない。
…………なに、このシチュエーション。
不気味な沈黙に、じわりと嫌な汗をかく。
「実はな。私は国王陛下の命で、お前をずっと監視していたんだ。出所してからこの街に来るまでずっと。ドロッセ村もベルクタウンもフェリオス湖もエルサシティも、全部な」
「なん……だと?」
監視していた?
「今までお前が行った悪行は、どれも凄惨たるものだった。出所後にまた悪事を行わないか、監視する必要があったんだ」
………………。
「もし、悪事をするようなら、即刻お前の首を刎ねていたよ。無論、国王陛下も許可されている」
怖ええええ!
めっちゃ怖ええええ!
……おいおいおい、監視なんて勘弁してくれよ。
まさか、王国がそこまでジグルドを危険視しているとは思わなかった。
刑期を終えたらそれで終わりじゃなかったとは……。
「私はずっと、お前の善行を信じられなかった。本当は違うんじゃないのか……その思いを消せなかったんだ。だが、間違っているのは私だとようやく気づいた。お前の訪れた街の人々の笑顔。それが何よりの証拠だ」
「お、おぅ……」
クラウスは納得した様子で語る。
怖過ぎて、それはお前の勘違いだとは言えなかった。
なんかマーダーライセンス持ってる的なこと言ってたし。
本当はどれも老害ムーブするつもりだったと知られたら、今この場で殺されてもおかしくない。
震える手を懸命に押さえ込みながら"ルナブルー"を飲んでいると、クラウスは神妙な顔で話を続ける。
「まさか、下劣貴族のジグルドが善行を働くとはな……。お前を見ていると、"人は本当に変われる"のだと、私はそう思えた……いや、確信できたよ。知りたかったことが知れた気分だ」
余計なことを話すとボロが出そうで何も言えない。
もしここで老害ムーブの話とかしたらどうなるんだろう。
……確実に殺されるだろうな……。
などと背筋を寒くしていたら、クラウスがバーテンダーに幾ばくかの金を渡した。
「ジグルド、ここは私が払っておく。世俗に戻ったからってあまり飲み過ぎるなよ」
「あ、あぁ……すまんの」
なんだ、意外と気の利く奴じゃないか。
お前、そんな男だったっけ?
記憶にあるクラウスはジグルド……というか、悪人が極めて嫌いだったような……。
奢るなんて考えられん。
過去に俺に向けられた厳しい視線が思い出される……。
当のクラウスはそのまますぐに消えるかと思いきや、立ち止まったまま動かない。
……おいおいおい、まさか老害ムーブに気づいたわけじゃねえだろうな。
クラウスならあり得る……。
なんと言っても原作主人公なのだから。
"ルナブルー"を呷って緊張を隠して、問う。
「な、なんじゃ?」
「……………………またな」
少しでも誰かが話したら聞き取れないくらいの声でクラウスはぽつりと言い、立ち去った。 ガラン、というドアベルの音が響き終わると、室内には静寂が舞い戻る。
一瞬、さっきまでいたクラウスは幻だったんじゃないかと思った。
だが、お代わりで出された"ルナブルー"が、現実であることを示す。
夜風のような爽やかな風味と、レモンの甘酸っぱさ……。
味は変わらないのに、どこか物寂しかった。
しばらくして、俺も"ザ・ヴェール"を去った。
□□□
宿に戻ると、コレットはすでに寝ていた。
すぅーすぅーという静かな寝息が聞こえるだけだ。
なぜか、いつもダブル以上のベッドで、これまたいつもコレットの隣は一人分のスペースが空いている。
ここに寝ろ、ということだろうか。
他に寝る場所もないので、少し距離を取って横になる。
窓からは明るさを増した星々が、藍色の空で己の存在を主張していた。
――"人は本当に変われる"
コレットの寝顔を見ていると、不思議とクラウスの言葉が蘇っては頭に響いた。
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