第2話:悪役ジジイ、狼少女に大食いを強要するが、内心感謝される
数十分ほど歩くと森を抜け、俺たちはドロッセ村と呼ばれる小さな街に着いた。
原作ゲームでは旅の途中に立ち寄るような、ちょっとした街だ。
特段大きなイベントもない。
50年経ってるから人口が増えてるかと思いきや、逆に物寂しくなっていた。
いや、コレットには一応フードを被させているが、人目が少ない方がむしろいいとも言える。
記憶を取り戻して初めて歩く街になるのか。
……などと考えていたら、食堂から良い匂いが漂ってきた。
「なんか腹減ったな」
老人の身体なので若い頃よりは食欲が少ないとはいえ、さすがに腹は減る。
匂いに当てられたのか、コレットの腹がぐぅぅっと鳴った。
「……っ! すみません!」
「別に気にする必要はないぞよ。生きていれば誰しも腹は減る。これは自然の摂理じゃ」
敢えて責めない。
十六歳の乙女が腹を鳴らすなど恥の極み。
ククッ、馬鹿め。
逆にフォローされたことで、余計に大恥を掻くがいい。
(お腹が鳴っても怒られなかった……。奴隷商人に捕まっているときは、ほんの少し物音を立てただけで殴られたのに……。やっぱりジグ様はお優しい……)
思った通り、恥ずかしさに涙ぐんでやがる。
軽めの老害ムーブに満足したところで、店に入った。
まぁ、一般的な飲食店という感じか。
席に座ったところで、俺は気づく。
……コレットの飯代はどうするんだ?
当然のように一緒に来たが、これは俺が奢るのか?
奴隷じゃ金持ってないだろうし。
嫌だぞ。
何度も言うが、これは税金でも奪えない俺の金なんだ。
自分の飯代はまだしも他人の、しかも若者の分まで払うなんて嫌だ。
ちくしょう、どうする……ん?
壁にやたらとデカいポスターが張られているな。
五人前はありそうな超大盛りの焼き飯と、煮麺のセットだ。
「店主、これはなんじゃ?」
「ああ、それは大食いチャレンジだよ。五人前の焼き飯に、おまけで一人分の煮麺がついてくるんだ。三十分以内に全部食べたらタダだけど、少しでも残したら三倍の金額をいただく仕組みさ」
「ふむ……」
なるほどね、日本でも良くあるヤツか。
さすがにこれは…………いや、名案を思いついた。
「店主、大食いチャレンジを受けるぞ。焼き飯と煮麺を持ってくるんじゃ」
「おっ、お爺さん乗り気だなぁ。でも食べきれるかい? 倒れられても困るよ」
「大丈夫じゃ。全部食べきってやるわ」
「いいねぇ、そうこなくっちゃ。さっきも言ったけど、残したら三倍のお金だよ」
「もちろんじゃとも」
店主が意気揚々と厨房に入ると、コレットが恐る恐る俺に話す。
「ジ、ジグ様、本当によろしかったのですか? あの手の料理は、絵より多く見えるのが常ですが……」
「別に問題ないんじゃよ。気にせず待っていなさい」
待つことしばらく、料理が運ばれてきた。
重量感のある焼き飯は、その下にあるであろう米が見えないくらいこんがり焼けた肉で覆われている。
濃厚なソースが満遍なくかかり、目でも食欲をそそる。
たしかに絵より多そうだ。
ククッ、だがまったく問題ない。
俺はシンプルな煮麺だけ回収して、焼き飯はコレットの前に出す。
「コレット、ワシはこれでいい。年寄りじゃからの。焼き飯は全部お主の食事じゃ。好きなだけたくさん食べなさい。"若者"、なんだからのぉ」
「ジグルド様……そんな……」
そう、これが名案。
若者に強要すればいい。
コレットは細身だ。
こんなにたくさんの飯が食えるはずもないだろうなぁ。
巨漢でも食べきれるか不安になるほどの大量の焼き飯を前に、彼女は震えながらスプーンを持つ。
「いただきます……」
ククッ、思った通り、大量の飯に絶望してやがる。
そりゃそうだ。
誰が見ても、十六の小娘が食い切れる量ではない。
コレットが苦しむ様を見ながら食べた後、一旦地図を確保したいな。
50年前のゲーム知識と、現在の地理が合っているか確認が必要だ。
そう思いつつ煮麺を啜る。
……ふむ、悪くない。
薄い塩味が老いた身体に優しく沁み入る。
味は薄くとも、コレットの苦痛に歪む顔が最高のおかずだ。
いやぁ、飯ウマ飯ウマ~。
◆◆◆(Side:コレット)
ジグルドが注文した大量の焼き飯を前に、コレットは心が震えていた。
誤算だったが、コレットは大食いなのだ。
(お腹を空かせた私のために……こんなにたくさんのご飯を頼んでくださるなんて……。きっと、先ほど鳴らしてしまったお腹を気にしてくださったんだ! ジグ様は間違いなく気心の塊……。大好きです、イケオジのジグしゃま)
傍目から見ると淡々と食事をしているように見えるが、心中では感情が激しく揺れ動いていた。
要するに、彼女は"心が忙しい"タイプだった。
恩人が注文してくれた焼き飯を、大事に大事に口に運ぶ。
(奴隷時代は、こんなにお腹いっぱい食べることなんて不可能だった……。いつも、雑草や土を食べさせられてたっけ……)
まともな食事は、もういつぶりか思い出せない。
常に腹は空き、喉は渇き、身体も精神も限界だった。
拘束兼逃走防止の枷は装着者の魔力を奪い続けるため、生きているだけで全身に苦痛が刻まれる。
そんな自分や一族を苦しめた奴隷商人がジグルドに殺され死体蹴りにされた様子は、ハッキリ言ってかなり気持ちがスカッとした。
下手に見逃さず、きちんと留めを刺すのも歴戦の重みを感じた。
そのようなジグルドの頼んでくれた焼き飯は、一口食べるたびに分厚い肉とソースの染みこんだ米が、相性抜群のハーモニーを奏でる。
痛めつけられた体力と心が、どんどん回復するのを感じた。
(おいしさもそうだけど、何よりジグ様の優しさが染みこんでいるみたい……)
ジグルドがコレットに出会った当初から、懸命に仕掛ける嫌がらせの老害ムーブ。
それらは全て好意的に勘違いされ、コレットの中でジグルドの評価は爆上がりだ。
人生の酸いも甘いも味わい尽くし、精神が成熟した頼れる渋い老紳士……という印象だった。
(ジグ様に会えたことが、私の人生の転機になることは間違いない。……ジグ様はお強い。隣にいて恥ずかしくないくらい私も強くならなければ。それが一族を、そして家族を助け出す一番確実な方法だから)
自分を助けてくれた命の恩人と同じか、それ以上にまで強くなることを誓い、ひたすらに焼き飯を食べる。
「……ご馳走様でした。本当においしかったです」
大量の肉と米は瞬く間に消え、コレットはわずか6分と8秒で五人前の焼き飯を完食した。
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