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第19話:館長と隊長

 ジグルドとコレットがルーインホルムに向かった日の夕刻。

 ブライトミア美術館の館長室では、デリクが一人の淑女に諸々の件を報告していた。


「……"正義の賢老"ジグルドと名乗るご老人とお孫さんのコレット嬢のおかげで、無事"星霜の涙"は美術館に帰ってきました。巷を騒がせた怪盗クロニクルも逮捕。街の住民たちの間にも安堵が広がっております」

「ふぅーん、大変だったみたいじゃない。お疲れ様。私の出張を狙ってくるなんて、やっぱりこそ泥はこそ泥ね。泥棒に公明正大さを求めるのもおかしな話だけど……。その老人とやらも不快な名前をしてるわ。あの下劣貴族と同じ名前、だなんてね」


 デリクの報告に、淑女はワイングラスを呷りながら適当に返す。

『蒼影のグラシエル』のメインキャラ、"天穹のベアトリーチェ"。

 御年、六十五歳。

 紫色の髪は十五歳のキャラデザと同じ長さを保ち、紫色の瞳は未だ宝石のような輝きを保つ。

 この世界ではクラウスのヒロインルートからは外れていたが、若いときは気の強い美人であったことが容易に窺える。

 "星霜の涙"という王国の至宝が盗まれたという一大事なのに、大して気にも留めない彼女に、デリクは咳払いをして心中を話す。


「ベアトリーチェ様、もう少し真剣になっていただけると、私としても嬉しいのですが。"星霜の涙"の価値はご存じのはず」

「天下りの仕事に本気になる奴なんていないでしょう。"星霜の涙"とやらも、どうせ私物じゃないしね。欲しけりゃ持って行けばいいのよ」

「……」

「……冗談よ。これくらい察しなさい」


 どこか飄々とした適当な感じ。

 これもベアトリーチェの性格であった。

 デリクも彼女との付き合いはそれなりにあるが、まだまだ慣れるには時間がかかりそうだ。

「……さて、ジグルド様と言えば、もう一つ重要な報告があります。なんと、ブライトミアの路地裏にて"魔拝教"の一派を捕えました。ジグルド様が戦ってくださり、私たちが到着する頃にはすでにほとんどが死んでおりましたが」

「"魔拝教"……? まさか、その名を聞くなんてね。ずいぶんと久し振りだわ。まだ残党がしつこくいたってことかしら。……あぁ、せっかくのワインがまずくなっちゃった」


 ベアトリーチェは気怠くグラスを置き、パチンと指を鳴らす。

 貴族でもなかなか飲めない最高級ワインは炎に包まれ、瞬く間に蒸発してしまった。

 アルコールと葡萄の香りが仄かに立ちこめる中、デリクは表情を変えずに言葉を続ける。


「ジグルド様の〔騎士の中に内通者がいるのでは?〕という進言に基づき内部調査を進めたところ、"魔拝教"と通じていた衛兵が七人も明らかとなりました。衛兵隊長としてふがいないばかり。ジグルド様の視野の広さと、冷静な思考回路には感服いたしました」

「……ふぅーん。そのお爺さんに、あの下劣貴族を叱ってほしいわね。まぁ、今頃下劣貴族は出所に浮かれて、また罪を犯して再度監獄行きになっているだろうけど」

「お礼を兼ねたお食事にお誘いしたのですが、今すぐ"魔拝教"を壊滅したいとブライトミアを去ってしまいました。ジグルド様が持つ正義の気高い心には、騎士一同頭が下がるばかりです」


 二人の会話は止まり、室内に沈黙が降りる。

 ベアトリーチェが換気のため魔法で窓を開けると、涼やかな風が吹き込んだ。

 デリクは暫し思案した後、ごくりと唾を飲み、気になっていた仮説を切り出す。


「あのジグルド様がジグルド・ルブランである可能性は……」

「まぁ、あり得ないでしょ。"魔拝教"はあいつにとって唯一の居場所だったからね。自分でそれを壊すなんて考えられない。……むしろ、美術館がこそ泥に侵入された件の方が重要だわ。早急に美術館の警備態勢の見直しましょう。ブライトミアを行き来する人間の身元調査も必要になるかも。まぁ、市長と住民の理解の擦り合わせの結果にもなるだろうけど。……まったく、性善説を信じたいものね」

「仰るとおりです」


 デリクはベアトリーチェに一礼し、美術館を後にする。

 外に出たら空は藍色に染まり、街には明かりが灯り、もう夜の気配が色濃くなっていた。

 街の一角にある兵舎へと歩きながら、昼間の出来事を反芻する。

 

(路地裏と酒場の状態から、ほとんどの構成員はジグルド様が魔法で倒されたのだろう)


 構成員は魔力軽減の装備をつけている者も多かったが、その全てが理不尽とも言える攻撃で完全に破壊されていた。


(一方で、ジグルド様のお歳は、たぶん六十過ぎか七十手前くらいと推測される)


 そこまで高齢になると普通は魔力も衰え、基礎魔法も容易には使えなくなる。

 中には厳しい修練を積んで実力を維持する者もいるが、そう多くはない。

 それこそ、ベアトリーチェや元勇者パーティーのメンバーなど、規格外な人物に限られる。

 あくまで状況証拠からの推測になるが、デリクはやはり一つの仮説に辿り着く。


(もしかしたら、あの方は……ジグルド・ルブランその人だったのかもしれない)


 下劣貴族こと、ジグルドの横暴や断罪はデリクが生まれるよりずっと前の出来事だ。

 王国の歴史書や伝承では、非常に凶悪な人物で、かつ王国に与えた損害も極めて重いと伝わっている。

 騎士になる際、実際に歴史書を読んだり当時を知る人物に話を聞いたことがあるが、たしかに酷い行いばかりだった。

 もし、自分が当事者だったら、未だに強く憎んでいたかもしれない。

 仮説についてベアトリーチェに話そうかと思ったが、逡巡の後、デリクは自分の心に留めることを決めた。

 なぜなら……。


(少なくとも、私たちにとっては…………ジグルド様は"正義の賢老"だったのだから)


 デリクは夜の帳が降りつつあるブライトミアの街で、一人静かに思う。

お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます


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