第17話:悪役ジジイ、情報があると騙した若者グループを殺したつもりが、なぜか衛兵隊長から賞賛される
「……ジグ様、情報は入っていますかね。こんなに大きな街ですし、もしかしたら、10件か20件くらい届いているかもしれませんよ」
「どうじゃろうかのぉ。ゆうて、まだ一日じゃからな。あまり大きな期待は持たないでおこうぞ」
翌日、俺たちは依頼票を確認するため冒険者ギルドを再び訪れた。
コレットは期待を膨らませて興奮しているが、実際どうだろうな。
こういう"情報求む!"系の依頼は『蒼影のグラシエル』を遊んでいるときもよく経験したものの、本当に運の要素が強い。
あまり期待しないでクエストボードに行くも、やはり"若返りの泉"に関する情報はまだなかった。
もちろん、"狼人族"についてもリアクション0。
俺の隣で、コレットはがっくりと項垂れる。
「ジグ様の仰るとおりでした……。そんな簡単にいくわけないですよね(お父さんとお母さんが……遠い……。いつ会えるのかな……)」
「まぁ、そんなに気落ちするでない。こればっかりは待つしかないじゃろう。それに、暗い顔ばかりしていると、来るものも来なくなってしまうぞよ」
俺は意外にも、スピリチュアルな一面がある。
前世でクレーマー避けの伊達眼鏡(19280円)をネットで買ってみたら、奇跡的にクレームを喰らわない日が続いたのだ。
買って一週間も経たぬうちに満員電車で破壊されてしまった。
その会社は景品表示法違反とかで潰れたから、それっきりだ。
予備を買わなかったことは今でも悔やんでいる。
「だから、コレットにはいつも笑顔でいてほしいんじゃよ」
飛び込んでくるはずの"若返りの泉"の情報が逃げないように!
そう伝えたつもりだったが、コレットは硬い表情のまま何も言わない。
……言わないどころか、その瞳にはじわじわと涙が浮かび始めた。
「お、おい、どうしたんじゃ。なんで泣くんじゃよ」
"狼人族"の力強い眼差しは消え失せ、か弱い少女になってしまった。
目立つだろうが。
泣く少女と老人。
この構図だと、俺が悪者にされる可能性がある。
ただでさえジグルドは悪役顔なのによぉ。
しきりに対応を考えた結果、とりあえずコレットの好きな食事を食べさせる作戦を思いついた。
「コ、コレット、元気を出しなさい。腹が減ったのか? 飯かおやつでも食うか? 実は、この冒険者ギルドには名物のクレープがあってのぉ。今回は特別に奢ってやるぞよ。この50年で無くなってしまったかもしれないが、まずは受付嬢にでも……」
「いえ……ジグ様の言うとおりだなと思ったんです」
「……なに?」
涙を拭うと、コレットは険しい顔に変貌した。
"狼人族"の闘争心溢れる眼差しで、力強く語る。
「たしかに、暗い顔をしていては良いことも逃げてしまいますよね。気持ちで挫けていたら、厳しい状況でも笑顔でいた方がいい。……一番大事なことを教わりました」
(……そうだ! しょんぼりしているだけではダメ! お父さんとお母さん、"狼人族"の仲間を助け出すためにも、心は強く持たないと! 私は誇り高き"狼人族"の人間なんだから!)
ククッ、よくわからんが持ち直したらしい。
金を節約できてよかった。
「では、今日も聞き込みから始めるかの。昨日とまったく同じ冒険者ということはないじゃろうから、絶対に新しい情報があるはずじゃ」
「はいっ!」
やる気あふれるコレットと一緒に聞き込みを開始しようとしたら、焦げ茶……いや、鳶色って言うんかな。
そんな髪と瞳をした小太りな若い男が、俺たちに話しかけてきた。
「……お爺さん、ちょっといいですか? あなたは怪盗クロニクルを捕まえた、あの有名なお爺さんですよね」
「まぁ、そうじゃが、ワシになんか用かの?」
「俺君はこの街で商売を営んでいる、トマと言います。お爺さんがギルドにいる理由は知ってますよ、"若返りの泉"について探しているんでしょう? もしよかったら、俺君の商会が持ってる情報を、特別にお教えしましょうか?」
「……ほぅ、特別にとな? なんでじゃ」
「それはもちろん、俺君の商会もイケメン野郎の怪盗クロニクルに散々苦しめられていたからですよ。お爺さんたちが捕まえてくれたおかげで、安心して商売ができるってわけですわ。ただね、すごく貴重な情報だからここじゃ話せません。周りの冒険者に聞かれちゃ商売に影響が出ますからね。だから、俺の商会に来てほしいのでっさ」
トマと名乗った小太りの男は、手揉みしながら話す。
清潔なスーツにジャケットという風体から、たしかに商人には見える。
ただ……何だろうな。
こういったフォーマルな服装を着慣れていない印象を受けるのと、どこかこう胡散臭い感じがする。
なんかデジャウ感を覚えるなと思ったら、前世の一般市民の皮を被ったクソクレーマーと同じような類いの雰囲気だと気づいた。
介護士として働く前にコンビニでもバイトしていたが、面倒なクソ客ほど見た目は普通に見えるのだ。
とはいえ、だ。
ここは『蒼影のグラシエル』の世界で、"若返りの泉"の情報は貴重。
可能性があるのなら、むざむざ逃してはもったいない。
「なるほど、そういうことなら納得じゃ。ぜひ、教えてくれんかの」
「もちろんですよ。せっかくだから、お爺さんたちにウチの商品をプレゼントさせて貰いますからね」
トマは意気揚々とギルドの出口に向かう。
後に続いたら、コレットがそっと俺の耳元で話した。
「ジグ様……本当に大丈夫でしょうか。丁寧な方のようですが、何だか変な感じがします。目の奥が笑っていないと言いますか、うまく言えませんがどこか怪しいような……」
コレットも俺と同じように何かが気になっているらしい。
"狼人族"の感性は優れているというわけか。
ここで下手にコレットに拒絶されると、トマが機嫌を損ねてチャンスが消えてしまう可能性もある。
……よし、いい考えがある。
「コレット、お主もそろそろ人を見抜く目を鍛え始めてもよい頃じゃ。今回、どっちに転ぶかよく見極めなさい」
「……はいっ!(私の成長についてそこまで考えていらしたなんて、やっぱりジグ様は高尚なお方だ! ジグ様のお役に立てるように、精一杯努力しないと!)」
こそこそ声で伝えると、コレットの瞳が光り輝いた。
全身から溢れ出るやる気。
ククッ、いいぞ。
この調子で鍛えていけば、高性能なヤバイ奴センサーにできるかもしれん。
トマはギルドを出ると、町外れの方向に進む。
五分ほど歩き路地裏に入り、廃れた酒場に案内された。
「お爺さん、ここがウチの商会ですよ。見た目は古いけど、中は立派なんでっさ。さあ、入って入って」
中に入ると、トマが言うように見た目より広かった。
壁や石材、床はタイル張りで、大きな丸テーブルや椅子といった家具類は木造。
カウンターには大量の酒瓶が並び、ザ・冒険者向けの酒場、みたいな感じ。
薄汚れた店内はファンタジー風情があってなかなかに良い。
……のだが、そんな雰囲気をぶち壊すように、ぼったくりバーの用心棒みたいな男たちがたくさんいる。
ざっと、全部で20人近く。
商会の護衛としては多すぎじゃね? ブライトミアって、治安悪いのか?
異様な室内にコレットを纏う空気は固くなるも、まずは情報収集が先決だ。
「ここにいるトマから、"若返りの泉"についての情報があると聞いたぞよ。さっそくで悪いが教えてくれんかの?」
用心棒は若者ばかりで腹立たしいが、敢えて下手に出る。
さあ、俺の機嫌が良いうちにさっさと教えてもらおうか。
こんなに大勢集まっているので、てっきり大きな地図とかが出されるのかと思いきや、ガシャンッ!と酒場の入り口にかんぬきが降ろされ、男達は下品な声で笑い出した。
「ギャハハハッ、本当に来やがった! 平和ボケした爺さんは扱いやすくていいなぁ!」
「もし情報を知ってても、お前みたいなジジイに教えるわけないだろ! 少しは頭を使って考えてくれや!」
「老いぼれはいつ死んでもおかしくないから、別に今日死んでもいいよな。ちょっとばかしお迎えが早く来たと思ってくれ」
用心棒的な男たちが大振りの剣やナイフなどの得物を取り出した様子を見て、コレットも硬い表情でマチェットを引き抜いた。
「ジグ様、勘が当たってしまったようです」
「ああ、そうじゃな。……トマ、話が違うようじゃが? これはどういうことじゃ」
「いやいや、別に説明せんでもわかるでしょう。あんたに渡す情報なんてない。爺さんたちのせいでこっちは結構な損害を受けてましてね。その仕返しさ。のこのこついてきてくれたおかげで、仕事がやりやすくて助かったよ」
後ろを向いて言ったら、トマはニヤついた顔で答えた。
それはつまり…………俺を騙したってことか?
……ははは。
思わず渇いた笑いが出てしまった。
「……許せんな。ああ、これは許せん。マジで許せんぞ、お主ら」
「おお、怖っ! おーい、お前ら! お爺さんがお怒りだ! 謝って差し上げろ!」
「すみましぇーん! 調子乗っちゃいまちたー!」
「もう二度としないんで許しちくだちゃいー!」
若者たちに嘲笑されさらに沸々と怒りの感情が湧き上がり、俺の頭と全身を支配した。
「か弱き老人を騙した罪は重いぞ。お主たちは……皆殺しにしてやる」
「ジジイがなに寝ぼけたこと言ってんだよ! それはこっちのセリフだ! かかれ!」
トマの掛け声で、一斉に若者たちが襲い掛かってくる。
はい、正当防衛成立。
どうもありがとう。
「《切り裂き鞭》」
「「がああっ!」」
魔力を高圧縮した鞭を生み出し、縦横無尽に振り回す。
若者たちの胴体を剣やナイフごと切り裂き、肉片がボトボトと落ち、ノスタルジックな酒場は血で染まる。
狭い室内で鞭は家具などに邪魔されてしまうが、切れ味がめっちゃ良い《切り裂き鞭》なら問題ない。
適当に振り回すだけで、家具や障害物ごと若者たちを死に至らしめる。
おもしれー。
酒場の一角ではコレットが容赦なく若者たちを切り裂き、重い致命傷を与えていく様子が見える。
トマも彼女に斬られていた。
若者が若者を攻撃している光景は非常に愉快。
いいぞいいぞ、もっとやれ。
遠慮なんかいらんぞ、どうせなら殺してしまえ。
しばらく振り回したところで、《切り裂き鞭》を解除。
コレットはまだ数人と戦っているから、その間に生き残っている奴を一人ずつ殺していくか。
手始めに、カウンター近くでうずくまって震えている奴が目に入った。
「ククッ、まずはお主からじゃな」
「ご、ごめんなさい……! 助けてください! 俺、家出したらイキッて、この世界に入っちゃったんです! 罪を償います! 自首します! だから、お家に帰って親に謝るチャンスをください! きっと、今も俺のことを探しているんだと思います!」
「はぁ?」
なんだこいつ。
知らねえよ、そんなの。
はい、処刑。
頭を撃ち抜こうとしたら、突然カウンターの奥にある扉を突き破って巨大な斧が飛んできた。
《防壁》を展開。
ガギンッ!と重い金属音が響き、斧は扉の中にと戻る。
ふむ、自動装備魔法が武装に施されているらしい。
「若者なら正々堂々と正面から来るもんじゃろ。こんな老いぼれ程度に不意打ちするなんて、情けないと思わんのか」
「……クソッ、老人のくせに反射神経がいいな」
舌打ちとともに、さっきの斧を携えた男が出てくる。
金髪赤目で頬には十字傷――以後、傷野郎と呼ぶ。
風格と武装から、若者グループのリーダーだと推測された。
俺は不意打ちしまくるが、逆に不意打ちされるのは腹が立つ。
家出君は死の恐怖で気絶したらしく、がくりと床にのびていた。
チッ、興が醒めたわ。
傷野郎は酒場に転がる死体を見ては、笑いながら拍手する。
「お見事お見事、やるじゃん。ジジイ、意外と武闘派だったんだな。年の功か? っても、雑魚相手に無双して気分よくされてもね。俺が一足早くあんたの寿命を終わらせてやるよ」
この傷野郎からは他の若者よりも強く、"自分は好き勝手生きて、他者に我慢を強いる人生を送ってきた感"を覚える。
前世の俺はいつも我慢してきた。
利用者の老人に殴られたときも、車を当て逃げされたときも、土下座を強要されたときも……本当にずーっと我慢してきた。
前世の毎日はただただカスハラ、パワハラを必死に我慢するだけ……という嫌な記憶が思い出され、こいつに全てのストレスをぶつけたくなった。
「……お前、ムカつくのぉ。死ね」
「いやいや、死ぬのはジジイだから」
《魔弾》を放ったら、傷野郎は斧でガードした。
壊れずに耐えている様子から、あの斧はそこそこ上質な武器だとわかる。
……って、DLC第四弾で追加された武器、"乱旋風の斧"だった。
風属性の魔力を持つ、準一級の斧。
自動装備魔法は後付けだろう。
どうやら課金勢だったらしい傷野郎は、"乱旋風の斧"の影で不敵に笑う。
「ジジイ、お前の老いぼれ魔法じゃ俺の斧を壊すことなどできないぜ? 調子に乗ってられるのも今のうちだ」
「それはどうじゃろうかな」
「はぁ? 何言ってやが……ぅぐっ!」
少しずつ、《魔弾》の力を強くする。
傷野郎のヘラヘラした態度がムカついたので、苦しめてから殺すことにした。
力は一気にではなく、徐々に強めるのがポイントだ。
ジリジリと押した後、酒場の玄関ごと傷野郎を路地裏にぶっ飛ばした。
ゆったりと外に出たら、傷野郎は"乱旋風の斧"に魔力を集めている。
「クソッ、魔法が得意なジジイってわけか。でもなぁ、魔法はお前の専売特許じゃねえぞ! ……《風撃波》!」
斧が振りかぶられると同時、風の巨大な衝撃波が放たれた。
再度《防壁》で防いでは芸がないな。
「……ということで、《風撃波》じゃ」
「なっ……にっ!?」
傷野郎の攻撃とまったく同じ攻撃を繰り出し、相殺。
"乱旋風の斧"の仕組みは、術者の魔力を風属性に変換して放つこと。
術式も何もないので、コピーするのは簡単だ。
「さて、もういいじゃろう。《十字の磔》」
「ぐぁっ!」
地面から茨でできた十字架を生み出す。
路地裏の入り口付近にいた傷野郎を磔にする。
傷野郎の周りをふよふよと浮かぶ"乱旋風の斧"を見ると、良いことを思いついた。
「そういえばお前、斧が自慢じゃったな」
「な、何をするつもりだ」
「何って、言わんでもわかるじゃろうて。……おっと、この斧には自動装備魔法がかかっていたな。面倒な奴じゃ」
斧にかけられた自動装備魔法を破壊すると、傷野郎は目を見開いた。
「は……? そ、その斧は準一級の武器だぞ! 魔導具も無しに、なんでそんな簡単に付与魔法を破壊できるんだ!」
「まぁ、魔法はそれなりにできるからの。さて……」
斧を魔法で浮かべて狙いを定めると、傷野郎の顔に初めて恐怖の色が滲んだ。
「この俺が……こんなジジイに……ぐあああっ!」
傷野郎は自分の斧で豪快な袈裟斬りを喰らって死んだ。
傷口から勢いよく血が噴き出て路地裏を汚す。
弱い上に汚ねえな、こいつ。
磔魔法を解除したところで、コレットが合流した。
「お疲れ様です、ジグ様。こちらは討伐完了いたしました。私より戦う相手が多かったのにさすがでございます」
「いやいや、コレットもなかなかじゃよ」
なんと、返り血を一滴も受けていない。
さすがは"狼人族"というわけか。
……いや。
「ククッ、これもワシの修行のおかげというわけじゃな」
「ええ、まさしくその通りでございます! ジグ様のご指導がなかったら、今の私はいませんでした!」
とりあえず、今後のためにも恩を着せておいた。
「やはり、ジグ様の仰るとおりでしたね。他者を見抜く目を鍛えることの大切さを実感いたしました。ここまで考えていらしたなんて、ジグ様の視野の広さに感服いたします」
「あ、あぁ……」
コレットはしばらく、俺のおかげだなんだと話し続ける。
もういいわ、恩を着せすぎたか?
男たちの死体から路銀を奪うかなどと考えていたら、路地裏に怒号が響き渡った。
「おい、そこで何をしている! 私たちは王国騎士団だ! 通報を受けて参上した! 周囲は封鎖されているぞ! お前らの逃げ道はない! 今すぐ武装を解除し……えっ? ……ジ、ジグルド様!?」
黒髪を清潔にまとめた男が、目を白黒させながら叫んでいる。
たしか、こいつは衛兵隊長のデリクだ。
……チッ、面倒だな、殺人の現場を見られた。
トマたちに襲われたから正当防衛で殺したと言って通じるだろうか。
『蒼影のグラシエル』でも経験したが、騎士団の連中は頭の固い人間が多かった。
俺の話を信じるかどうかわからない。
最悪、この現場を見て俺を殺人犯だと判断する可能性もある。
それならいっそのこと…………こいつらも殺すか?
周囲を封鎖したと言っていたから、この近辺の通行人は排除されているはず。
騎士達を殺せば目撃者は消えるだろう……よし。
静かに魔力を漲らせる一方で、デリクは倒れている傷男を確認する。
今だ、殺せ!
《魔弾》を放つ寸前、デリクは路地裏に響き渡るような大声で叫んだ。
「この男は二級指名手配、"戦斧のバーナード"! 周りにいるのはその一派だな!? こんなところに隠れていたとは! ジグルド様、お見事です! 大手柄ですよ!」
指名手配犯んんん?
その一派ぁぁぁ?
大手柄ぁぁぁ?
…………なんだってぇ?
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