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第16話:とある酒場にて1

「……おい、聞いたか? 怪盗クロニクルが捕まったらしいぞ」

「ああ、さっき街中で様子を見てきたが、衛兵どもに拘束されていた。もちろん、"星霜の涙"も回収されてたな」

「えっ、マジ? ……やばくね? 俺たち、これからどうすんの?」


 怪盗クロニクルが捕まってから、しばらく。

 ブライトミアの路地裏にある、廃れた酒場。

 一見お断りとでも言いたげな、やけに重苦しい扉には〔Closed〕の看板が下がる。

 店の中では男が三人、外には聞こえないというのに声を潜めて話し合っていた。

 世を騒がせた怪盗クロニクルの逮捕はここ最近で一番の大事件であり、アングラな界隈にも電撃の如く走り抜けた。

 男三人は自分たちの今後についてあれこれと話し合っていたが、バックヤードから入ってきた金髪男を見た瞬間、即座に会話を止め立ち上がる。

 右頬にはバツ印の傷が刻まれ、燃えるように赤い瞳は氷を思わせるほど冷たい。

 機嫌を損ねぬため、男三人は直角に近いほど深く頭を下げる。


「「バ、バーナード兄貴、お疲れ様です!」」


 叫ぶように呼ばれたバーナードは、無言で三人の頭に視線を落とす。

 少しでも気に入らない態度を取ったら、良くて暴力、下手したら命の危険がある。

 バーナードは何も話さない。

 重い沈黙が三人の頭にのし掛かり、全身から脂汗が湧き出る。


(ちくしょう、下っ端で終わりなんてな。もっと出世したかったぜ)

(……俺もここまでの命か。さっきの雑談が命取りだったらしい)

(帰りてえ……お家に帰りてえよ……! イキッて家出なんかするんじゃなかった……!)


 男三人の脂汗が何滴も床に落ちたところで、バーナードのひどく冷たい声音が響いた。


「……その様子だと、お前らも外の状況を知っているようだな。クロニクルの件について今から会議やるぞ。街にいる連中を連れてこい」

「「は、はいっ!」」


 命が救われたことに感謝し、男三人は大慌てで外に出る。

 俗世とかけ離れた雰囲気からもわかる通り、彼らはマフィアなどと表現される類いの人間であった。



 □□□



 二十人ほどの部下全員が酒場に集まったのを確認すると、バーナードは酒瓶を呷ってから切り出した。


「……さて、お前らも知っての通り、怪盗クロニクルが捕まった。まぁ、奴はどうでもいいが、問題は"星霜の涙"だ。今は衛兵たちにしっかり回収され、無事美術館の宝物庫に大事に大事に保管されたとさ。警備も十倍に増えて、もう二度と侵入することはできない。……ったく、あの"顔だけこそ泥"がよぉ…………なにヘマかましてんだ、クソ野郎!」


 酒瓶が勢いよく壁に叩きつけられ、激しい破裂音が響く。

 迫力の違いに部下一同はびくりと震える。

 外に出れば自分達も住民に行っている態度であったが、バーナードはこの場の誰よりもずっと強いからだ。


 "戦斧のバーナード"。


 元はブライトミアから遠く離れた街で、二級冒険者として名の知れた男だった。

 冒険者は六級から見習いが始まり、三級が王国騎士団の中堅クラスに当たる。

 よって、結構な実力者であった。

 だが、粗暴な態度を咎められ所属先の冒険者パーティーを追放される。

 逆恨みでパーティーメンバーを殺し、王国騎士団から逃げる過程でこの世界に入った。


「あのジジイが誰か、お前ら知ってるか? 一緒にいた小娘の情報でもいい」


 バーナードの問いに、部下達は震えながら答える。


「い、いえ、何も知りません」

「俺も……です」

「小娘も、し、知らない女です」


 部下達の頼りない返答にバーナードは舌打ちするが、それが逆に答えを示していることに気がついた。

 自分達はブライトミアの事情には、表も裏も詳しいはずだ。

 日々、色々な界隈に顔を出しているから、街の有名人や強い冒険者の類いはよく知っている自信がある。


「俺たちも知らねえということは……旅の人間の可能性が高いな。クロニクルが捕まった前に魔導列車が到着したことも、その仮説を裏付ける。ジジイと小娘をこのまま見過ごすわけにはいかねえ。最低でも殺さねえと、俺たち全員組織に殺される。本部の連中は、ヘマした人間を絶対に始末する。"無能に命はない"。……それが俺たち、"魔拝教"の鉄則だからだ」


 バーナードの言葉に、部下達は渇いた喉で唾を飲む。


 ――"魔拝教"。


 ジグルドが設立した組織の残党メンバーから構成された、一大マフィアだ。

 強盗、殺人、賭博、違法ポーションの密売など、おおよその犯罪は何でもござれ。

 名前はそのままに、今や全く異なる形態に変貌していた。

 半年ほど前、ブライトミアの支部長を任されたのがバーナードだ。

 異例とも言える出世の速さだったが、とてつもなく大きな問題にぶち当たってしまった。

 バーナードは焦燥感に駆られる心を落ち着かせようと、敢えて今の状況を口にする。


「二週間後に開かれる闇オークションで、俺たちは"星霜の涙"を出品する予定だった。"魔拝教"の大目玉のブツだ。盗みは下請けのこそ泥"怪盗クロニクル"が行い、奴が盗んだ宝石を回収するだけの簡単な仕事…………それがどうしてこうなった!」


 また別の酒瓶を床にたたきつける。

 部下の誰よりも、バーナードが一番焦っていた。


(本部からの初仕事。達成すれば本部入りも確実だった。こそ泥から宝石を回収するだけの簡単な仕事だったのによ! クソジジイどもめ、余計なことをしやがって! ……出世どころじゃねえ、マジで俺の命が危ない。…………落ち着け、大丈夫だ。長いマフィアの歴史で、このような事態は度々あった。だが、生きている出品担当の奴はちゃんといる。なぜだ? ……そうだ、代用品を探せばいい。"星霜の涙"か、それ以上に価値がある何かを……)


 バーナードがテーブルを注視しながら思考に耽っていると、一人の男が恐る恐る手を上げた。

 鳶色の髪と瞳をした小太りの男――この中でのナンバー2、トマだ。


「そ、そういえば……ジジイと小娘について心当たりがあります」

「言ってみろ」 


 バーナードの下で働いてもう三年になるが、トマの気が休まることはない。

 腫れ物を触るように、おずおずと昼間見た光景を話す。


「お、俺君は今日の昼冒険者ギルドに行ったんですが、あのジジイは"若返りの泉"について探し回ってました。小娘はたしか、奴隷狩りに遭った"狼人族"の行方を聞いていたようないなかったような……」

「……ほんとだな? 嘘だったら殺すぞ」

「あ、いえ、俺君は直接聞いたわけじゃなくてですね……。小耳に挟んだと申しますか、冒険者どもの会話が聞こえたと言いますか……」


 凍てついた視線で見られ、トマは脂汗をかく。

 誰も何も言えなかった。

 下手に話すと、怒りの矛先がこちらに向くかもしれない。

 ジリジリとした重い沈黙が身を焦がす中、バーナードのフッという小さな笑いで緊張はようやく解けた。


「若返りなんてジジイにとっちゃ夢のような話だからな。大方、間違いはないだろうよ。気になるのは小娘だ。戦闘しか能がない"狼人族"に何の用がある。護衛や用心棒が欲しいなら、人間の強い傭兵に頼めばいい。ブライトミアじゃ探すに困らないだろう。……お前ら、小娘の目的は何だかわかるか?」

「「……」」


 問いに、トマ含め部下達は無言で首を振った。

 知恵の回らない男どもに、バーナードはため息を吐きながら持論を伝える。


「お前ら、もうちょっと頭を使うことを覚えろ。いいか? これは俺の予想だが、その娘も"狼人族"の可能性がある。運良く奴隷狩りから逃げ切った個体で、捕まった親か兄弟を探しているのかもな。建物の壁を勢いよく駆け上がったという目撃情報からも、"狼人族"の身体能力が垣間見えるじゃねえか」

「「なるほど……さすが兄貴です」」

「だとすると、"星霜の涙"の代用品にできる。"狼人族"はただでさえ貴重だ。おまけに若い娘なら、代わりの品として充分に耐えられる。出品リストの修正が必要になるが、そこは"貸し"ということで手を打てばいい。会期中に返す機会があるだろう」

「「おおっ……!」」


 闇オークションに向けての目処がついて、部下達は安堵のため息を吐く。

 どうにか首の皮が一枚繋がった、と。


「そうと決まったら、さっそく計画を立てるぞ。老いぼれの雑魚ジジイはどうでもいいが、"狼人族"の娘は要注意だ。俺は参加しなかったが、"狼人族"の奴隷狩りはとんでもない大仕事だったと聞いている。何せ、普段は殺し合うマフィア同士がそのときだけは手を組んだんだからな。まぁ、戦利品を巡ってちょっとした内戦があったらしいが……俺たちには関係ねえ。全ては、あのお方のために目的を達成するだけだ」


 バーナードが額に拳を当て目を閉じると、周りの部下達も同じ行動をする。

 魔拝教における、共通の祈りだ。


「全ては我らが創始者……ジグルド・ルブラン様のために」

「「我らが創始者、ジグルド・ルブラン様のために!」」


 自分の設立した組織が良からぬこと、ましてや自分への襲撃を考えていることなど、ジグルドは知る由もなかった。


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