第15話:狼少女の夢と現実
ブライトミアの一角にある、小さくも温かみのある宿――音色亭。
その食堂にて、ジグルドとコレットは早めの夕食を取っていた。
「……ほれ、コレット。こっちの料理も食べなさい。好きなだけ食べてよいのじゃぞ? なぜなら、"若者"なんじゃからのぉ」
「ありがとうございます! いただきます!」
ジグルドに勧められたボアピッグ(猪のような牙を持つ豚魔物)のステーキ500g。
とろりとかけられた濃厚なソースからは香ばしい香りが立ち上り、熱々の鉄板で脂が跳ねる音が食欲を刺激する。
コレットは上機嫌で口に運んでは、その野性味溢れる味わいと噛み応えに身悶えした。
(なんておいしいお肉なの……っ! こんなにおいしい食事を好きなだけ食べていいなんて、幸せ過ぎる! ああ、それにしても、ジグ様の質素なお食事風景が一番のおかずになる……)
年老いたジグルドは食が細いので煮麺を啜っているだけなのだが、コレットの目には俗世の欲を断った老練の紳士に見えた。
自分もあのように年を取りたいと思いつつ食事を進めていると、ジグルドが店主の男に尋ねる。
「ところで、確認させてもらうが、本当に宿代は無料なんじゃな? 後からサービス料や席料なんぞを徴収するのは無しじゃぞ?」
「ああ、もちろんさ。お爺さんたちが怪盗クロニクルを捕まえてくれたおかげで、俺たちには安心と平和が戻ってきたんだからさ。一週間くらいはここでのんびり過ごしておくれよ。もちろん、その間の食事代もタダでいいからね」
ジグルドの問いに、中年の店主は朗らかに答えた。
二人の会話に乗っかるようにして、カウンターから出てきた店主の妻――女将と、彼らの娘が話に加わる。
「本当にありがとね、ジグルドさんとコレットちゃん。怪盗クロニクルのことを、"かっこいい"だの"カリスマ性がある"だの、世間では好き勝手言う人もいるけどね、ただの泥棒じゃないかい。娘に何かあったらと思うと、安心して眠れやしなかったのさ」
「泥棒さん、怖かったよ……。つかまえてくれてありがと、おじいちゃんとお姉ちゃん……」
女将の娘は、母親の服をぎゅっと掴む。
怪盗クロニクルは浮世離れした美貌と華麗な盗みの腕で、泥棒としては世間……特に年頃の令嬢からの人気が高かった。
だが、全ての市民が羨望の眼差しで見ていたわけではない。
宿屋一家のように、臆したり恐怖する者も多かったのだ。
捕まえてくれ些細な礼ということで、宿を探し歩くジグルドとコレットに宿と食事の提供を申し出た。
食事が終わり、ジグルドに拒否されたので別々の温かい風呂に入り、二人は用意された部屋で就寝する。
「じゃあ、ワシは寝るからの。今日こそは別々のベッドで寝るんじゃぞ」
「はいっ、お休みなさいませっ」
ジグルドが寝息を立て始めたところで、コレットは彼のベッドに忍び込む。
皺だらけで痩せたその肌は、むしろ気持ちが落ち着いた。
□□□
その日の夜、コレットは夢を見た。
豊かな緑あふれる谷が真っ赤な業火に飲み込まれ、仲間の悲鳴や敵の怒号が響き渡る。
夜だというのに、昼間のような明るさと喧噪。
誰が見ても地獄と呼ぶであろう光景が、目の前に広がっていた。
「……コレット、東の森に逃げなさい! あっちはまだ敵の手が回ってないわ!」
「ここは俺たちに任せろ! お前だけでも逃げるんだ!」
声を出したくても出せない。
(お父さんとお母さんも一緒に逃げよう!)
そう言いたいのに、喉が潰れたように声が出なかった。
父と母は襲ってきたマフィアの頭や胴体を吹き飛ばしながら、大量のマフィアに捕まっていく。
それが、最後に見た両親の姿であった。
"狼人族"を襲った大規模な奴隷狩りは、コレットの心に深い傷を負わせた。
マフィアの人数は多く、名の知れた傭兵や冒険者なども奴隷狩りに参加していた。
対亜人用に開発された魔法や装備は"狼人族"の身体能力に匹敵し、谷に住むほとんどが捕まってしまった。
その傷は未だ癒えることなく、たびたび夢となって現れては彼女を苦しめる。
「…………はぁっ! はぁ……はぁ……また……あの夢」
心臓の激しい鼓動を感じて、コレットは目が覚めた。
喉は渇き、額には大粒の汗が浮かぶ。
枕元の水を飲み、タオルで顔を拭くと、少しずつ呼吸が戻ってきた。
窓辺に近寄ると、紺碧の夜空に白い星が瞬いている。
奴隷狩りに捕まってしまった"狼人族"も、同じ空の下にいるのかと思う。
(お父さん、お母さん……谷のみんな……。今どこにいるの……)
問いかけても返事はない。
コレットは物寂しく感じるが、ジグルドの静かな寝息がそんな彼女を優しく包み込む。
(この辛い悪夢を見ることは……きっと、もうなくなる。だって、今の私の隣にはジグ様がいるんだから……。待っててね、お父さんとお母さん。私が必ず救い出すから)
そう確信し、強く誓い、コレットは安らかな眠りに就いた。
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