第10話:悪役ジジイ、老害ムーブの結果なぜか湖賊を破滅させ、周囲から称賛される
「ジグ様、これは……!」
「ほう、準一級魔物のクラーケンじゃのぉ。どうやら、魔物が棲んでいるという話は本当じゃったらしい」
突如出現したクラーケンに驚く乗客たちを見て、船長は勝ち誇った様子で叫ぶ。
「ふははっ、驚いたか! こいつは俺の相棒、クラちゃんさ! この湖に来てから、餌を与えて手懐けたんだ! 何でも俺の言うことを聞くんだよ!」
「……手懐けた? お主はテイマーだったのかの?」
「違えよ! クラちゃんとは契約する必要なんてねえんだ! 俺たちは固い絆で結ばれてるんだからな!」
船長はなおも雄叫びを上げる。
固い絆と聞き、コレットは疑問そうに俺に尋ねる。
「ジク様、あの男は本当にクラーケンを使役しているのでしょうか。餌を与えただけで魔物を使役したなんて話は、聞いたことがありますか?」
「いや、聞いたことはないが……」
魔物を使役するには、特別な魔導具が必要だ。
餌を与えただけで使役できるなど聞いたことがない。
この50年でその辺りも開拓されたのか?
だとしたら、テイマーはお役御免だな。
うねうねとうねるクラーケンの腕に、船長は命じる。
「よーし、クラちゃん! このジジイを殺せ! 今日のデザートだ!」
これはクラーケン討伐の流れか?
チッ、だるいな。
よし、修行の成果を確かめるとか言って、コレットに戦わせるか。
それがいい。
そう思ってコレットに命じようと思ったら、クラーケンの腕が船長を捕らえた。
「クラちゃん!? 何してんだ、俺じゃねえよ! あのジジイを殺せって言ってんだ! ……がはっ!」
クラちゃんことクラーケンは船長の話など聞かず、逆にギリギリと締め上げる。
「ごほっ……! クラちゃん、どうしたんだ!? 冗談じゃねえぞ! おい、ジジイ! 早く俺を助けろ! あんた強いんだろ!? 俺を助けろよ!」
「なんでじゃ?」
「なんでって……」
「お主ら湖賊は、ワシら罪もなき善人を殺そうとした。そんな奴らを助けなきゃいかん道理はないぞよ」
「「そうだ、そうだ! お爺さんの言う通りだ!」」
乗客は俺の言葉に賛同し、船長を非難する。
船長はぽいっと宙に放り投げられ絶望の表情を浮かべた後、グシャバキと食われてあっさりと死んだ。
なんだ、あいつがデザートだったのか。
食事の音が消えると、今度はクラーケンは俺たちに狙いを定めた。
攻撃体勢を感じ取り、船内に緊張が走る。
「ジグ様っ! クラーケンが!」
「うむ、まだ腹が減っているようじゃの。討伐を……いや……」
このクラちゃんはムカつく船長を食い殺してくれたしな。
殺してしまうのは惜しい気がする。
何本もの腕が襲い掛かる寸前、俺は決めた。
「討伐は止めじゃ……《強灯》!」
空中に巨大な光の玉を生成し、目眩ましを喰らわす。
クラちゃんは強烈な閃光を喰らい、ぶくぶくと水中に潜っていった。
この調子でまた迷惑な若者を食い殺してくれ。
クラちゃんが完全に消えたのを確認すると、コレットが勢い良く抱き着いてきた。
「ジグ様、あんなに巨大なクラーケンも追い払うなんてさすがでございます! 水上で戦ったら船にどれだけの被害が出るかわからないから、追い払ったのですね! このコレット、ジグ様の視野の広さと冷静さに深く感服いたしました!」
「抱き着くでない! 腰が痛むわ!」
コレットは小娘だが“狼人族”なので、普通に力が強い。
気を抜いたら老人の弱い骨が折れそうだ。
そんな俺たちを見て、乗客も騒ぎまくる。
「爺さん、俺たちを助けてくれてマジでありがとよ! 湖賊にクラーケン、どうなるかと思ったぜ!」
「お爺さんがいなかったら、間違いなく死んでました! 一緒に乗船できていたなんて、私は本当に運が良いです!」
「ありがとう、本当にありがとう! いっそのこと、私の祖父になってくれませんか!?」
今や、船上はどっと歓声で包まれていた。
おい、何が起きているんだ。
ひとしきり喧噪に包まれたのち、幾分か落ち着きを取り戻したコレットが言う。
「ところで、ジグ様。船はどうしましょうか。見たところ、まだ湖の半分も来ていないようです」
たしかに、湖賊は全員死んだか重傷なので、船の操縦はできない。
となると、自分たちで動かすということか。
「じゃあ、ワシが魔法でオールを漕ぐとするかの……ったく、面倒なことじゃ」
オールを動かそうとしたら、屈強な若者に回収された。
「いや、お爺さんはやらなくていいよ。さっき湖賊たちを倒してくれたからね。ゆっくりと休んでいてくれ」
若者は笑顔で言う。
おっ? この流れはまさか……?
「よーし、みんなぁ! 湖賊を倒して俺たちを守ってくれたお爺さんのためにも、絶対に向こう岸に辿り着くぞ!」
「おうっ、助けてもらってばかりじゃ情けねえ! お爺さんを安全に向こう岸に届けるぞ!」
「協力してオールを漕ぎましょうー! みんなで力を合わせればうまくいくはずです!」
ふむ、なかなか良い人間性じゃ。
さーって、汗水垂らして働く若者を横目に、休憩としゃれ込みますかぁ。
俺はのんびりと甲板のベンチに腰掛ける。
……ところが。
「オールって結構重いな……ぐああっ、指を挟んだ」
「ねぇ、帆を張るにはどうすればいいのかしら? ……あっ! ロープが絡まって身動きが~! あ~れ~!」
「おいおい、全然風が吹いてないぞ。この時期はもっと風が強いのに」
乗客は協力してオールを漕ぎ始めたり帆を張ろうとするのだが、慣れていないのかずいぶんと手際が悪い。
さっきから全然船進んでおらんぞ。
……ああもう、見てられん。
このままじゃ遭難しそうだ。
「おい、若者たち、そこをどけ。ワシが動かしてやる」
「「えっ? でも、お爺さん、さっき戦ったばかりでしょう。疲れてしまうよ」」
「年寄り扱いするでない。いいから、お主たちは離れてるんじゃ」
乗客をどかせ、全身に魔力を漲らせる。
どうせならオリジナルの魔法でも開発してやるか。
「《操船》……さらに《疾風》」
船全体に俺の魔力を巡らせる。
オールがひとりでに漕ぎ始め、帆は俺が生み出した風を捉え、自動的に進み始めた。
素人がやっても遅いからな。
この方が何十倍も速く進む。
「すげえ! 船が勝手に動き出したぞ! 風も吹いてる! さっきまで凪状態だったのに!」
「また助けられちまった! これが年の功ってヤツか! やっぱり、人生の先輩には敵わねえや!」
「一緒に船に乗っててよかったです! じゃないと、今頃死んでました! お爺さん、バンザーイ!」
若者大歓喜。
ククッ、力の差を思い知ったか。
そのまま、己の無力感に苛まれ心を消耗するがいい。
歓喜する若者と同じように、傍らのコレットも興奮した調子で話す。
「ジグ様は本当にお優しいですねっ。おかげで、皆さんこんな大規模な魔法を使っても疲れた様子を見せないなんて、鍛錬の密度を感じますっ」
「ふんっ、これくらい朝飯前じゃよ」
「やっぱり、ジグ様は素晴らしい賢人……」
コレットは話しながら、一人でふるふると震え始めた。
ど、どうした?
(緊張で疲弊した乗客の皆さんのために、自分が率先して動く……ジグ様はなんて立派な紳士でいらっしゃるのでしょう)
「……何か言ったかの?」
「いえ、何も言っておりません」
やっぱり、なんか謎にうるさいんだよな。
相変わらず不思議な奴だ。
やがて、数十分も進むと向こう岸が見えてきた。
乗客が喜びの声を上げる中、無事に着岸。
コレットと一緒に湖賊の死体や重傷者を連れて降りると、何人もの衛兵が血相を変えて飛んできた。
「「いったいこれはどういうことだ! 何があった!?」」
「落ち着いてください。私が説明いたします。まず、この死体と重傷者はどれも湖賊で……」
船での経緯はコレットが説明してくれた。
簡潔ながら理路整然としており、衛兵は全ての事情を誤解なく把握した。
連れてきて正解だったな。
衛兵は武器を収め、柔和な表情に変わる。
「……なるほど、そんな事件があったのですね。まだ湖賊の残党がいたとは……。フェリオス湖は広大なため、対岸の事情を把握するのに時間がかかってしまうのです。先ほどは湖賊殲滅の立役者とも知らず失礼な態度を取り、大変申し訳ありませんでした」
「いやいや、気にせんでいい。お主らにも事情があるんじゃから。謝る必要などないのじゃよ」
「ご老人……ありがとうございます。クラーケンの対処は私たちの方で進めてまいりますので、どうかお気になさらず」
本来なら俺の尊厳を傷つけた罪で怒鳴りつけてやるが、敢えて責めない。
罪の意識に苛まれ、より深い後悔に苦しむがいい。
(怒られてもおかしくないのに、この方はなんて優しいんだ。熟成された素晴らしい人間性を感じる……)
(カッコよすぎだろ、この爺さん。俺もこんな風に年取りたいぜ。よし、決めた。俺の人生の目標は爺さんだ)
思った通り、衛兵たちは罪の意識で涙ぐんでは震えてやがる。
ついでに追い打ちしとくか。
「それより、他の乗客たちの手当てをしてやってくれんかの。湖賊のせいで、だいぶ疲弊しておるじゃろうて」
「「承知しました!(自分より他人を気遣うなんて、本当に立派な方だ!)」」
俺の一言で、衛兵たちは忙しなく動き始める。
船の操縦でだいぶ疲れた。
若者が多い乗客如きに回復魔法は使いたくないから、衛兵に押しつけてやったのだ。
(ああ、ジグ様は本当にお優しい。誰に対しても気遣いと心遣いに溢れている……。私もこんな温かい人間になりたいな……)
なぜかコレットも涙ぐむ。
衛兵の後悔に当てられたか?
連行される湖賊どもを見ていたら、ふと思いついた。
「コレットよ、湖賊たちに"狼人族"の所在を聞いてみてはどうじゃ? こいつらも世のはみ出し者じゃから、奴隷狩りの情報を知っとるかもしれんぞ」
「たしかに、そうですね! ジグ様の言うとおりです。先見の明があってさすがでございます」
ククッ、そんなわけないだろう。
単なる思いつきだ。
前世では、老人の迷惑な思いつきに散々苦しめられた。
だから、今度は俺が迷惑をかけてやるのだ。
コレットはマチェットを構え、湖賊の一人に詰め寄る。
「あなたたちは、奴隷として捕まった"狼人族"について知っていますか。知っていたら何でもいいから教えなさい」
「けっ、んなの知らねえよ。知ってても教えるわけないだろ、クソアマが」
質問に、湖賊は馬鹿にしたような笑みで返す。
……ふむ、ムカつくなこいつ。
「《緊縛》」
「ごはっ……! な、なにしやがる、ジジイ!」
「なにって、魔法の縄で縛り上げているだけじゃよ。知っていることを全て吐かんと、全身の骨を砕くぞ。それとも、クラちゃんのおやつになるかの? まだそこら辺にいるかもなぁ」
「あっ……ぐっ……!」
脅しながら締め上げると、湖賊は苦悶の表情が一段と強くなる。
……ああああ~、気持ちいい~。
若者を苦しめるのは本当に楽しい。
湖賊はぼそぼそと苦しそうに呟いた後、気を失った。
「ジグ様! 捕まった"狼人族"の大多数は、ブライトミアの方角に連れて行かれたそうです! 私たちの目的地の交易都市です!」
「そうか、少しでも情報が入手できてよかったの」
「これもお手伝いくださったジグ様のおかげでございます!」
コレット大歓喜。
奴隷として心の掌握もうまくいっているようだし、湖賊の若者を苦しめることもできた。
いやぁ愉快愉快。
良い気分でいたら、衛兵が俺に尋ねた。
「ところで、ご老人は何者なのですか? 見たところ、相当名の知れた魔法使いでいらっしゃると思いますが……」
「私の口からご説明いたしましょう」
衛兵の質問に対し、コレットが得意げな表情で俺の前に出る。
おっ、いいぞ。
こいつらに俺の存在を知らしめてやれ。
「こちらにいらっしゃるのはジグルド様と言いまして、世の中に蔓延る悪を断じる"正義の賢老"でございます」
「「"正義の賢老"!? なんて素晴らしい二つ名だ! まさしく、お爺さんの人徳を体現している!」」
おい、コレット。
その呼び名は広めるなと何度も言っただろう。
止めなさいよ、定着したらどうするの。
乗客は口々にお礼を言い、それぞれの目的地へと散っていく。
一騒動はあったが、結果として船代はチャラになったので俺もラッキーだった。
「では、コレットよ。ワシたちもそろそろ旅を再開するかの」
「そうですね。エルサシティまでは馬車に乗りますか?」
「……お待ちください、ジグルド様」
「ああ?」
コレットと一緒に街を進もうとしたら、ふくよかなおっさんに呼び止められた。
着ている服も立派だし、ずいぶんと金持ちそうだ。
「私は商人でして、ジグルド様のおかげで無事に到着でき、さらに商談に間に合うこともできました。何かお礼をさせていただきたいのです。お二人はエルザシティを目指していると聞きました。早い馬車の手配はどうでしょう。この町に用意した特別な馬なので、何倍も早く着くはずです」
「おお、それはありがたい。ワシは老い先短いからの、大助かりじゃ」
「承知しました。今すぐ用意するのでお待ちください(うおおおおっ、ジグルド様のお役に立てたぞ! 今日は私史上、最高峰に重要な一日だ! 家に帰ったら妻に話さねば! 子どもたちにも、ジグルド様みたいな大人になれと語るんだ!)」
金持ちおっさんは丁寧に話すのに、なぜかうるさく感じる。
コレットみたいな奴だな。
五分も待たずに御者付きの馬車が用意され、俺たちは乗り込む。
「ジグルド様、お嬢さん、お元気で~! またいつか必ずお会いしましょう!(そして、子どもたちにあなたの善行に溢れた人生を語ってやってください!)」
「おお、世話になったの」
俺たちの馬車は早いスピードで、他の馬車や通行人をどんどん追い抜いていく。
若者を追い越していく様を見るのは、なかなかに気分がよかった。
金持ちおっさんから貰ったドライフルーツも、囓るたびに味が染み出してうまい。
「ほぅ、さすがは特別な馬か。思った以上に結構早いの~」
「ええ、こんな早い馬車に乗ったのは初めてです! 爽やかな風が気持ちいいですね~!」
コレットは子どもみたいにはしゃぐ。
ククッ、今のうちに楽しんでおくがいい。
この調子だと、予定より早く魔導列車の停車駅――エルサシティに着きそうだ。
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