第93話「家族になるということ」
覚悟をもって話した“結婚”という言葉。
それは、二人だけで完結するものじゃない。
親と向き合い、理解してもらう。
そうして少しずつ、私たちは“家族”に近づいていく――
今回は、里奈が大悟の家族と向き合う様子を描きます。
週末の午後、大悟の実家の玄関前に立つ里奈は、
どこか緊張した面持ちで息を呑んでいた。
「大丈夫、すぐに慣れるさ」
そう言って、大悟が彼女の手をぎゅっと握る。
その温かさに、ほんの少し緊張がほどけた。
そのとき、玄関の扉が開いた。
「里奈ちゃん、いらっしゃい!」
にこやかに顔を出したのは、結衣だった。
変わらぬ明るさで迎えられ、里奈の表情がふっと和らぐ。
「おじゃまします……なんか、ちょっと緊張してて……」
「大丈夫だよ。私なんか、最初に涼ちゃんのお母さんに会ったとき、ガチガチだったもん」
「えっ、そうなの?」
「うん。でも、話してみたら意外と優しくてさ。緊張って、案外自分で膨らませちゃってるだけだったりするよ」
「えっ、ほんと?」
「ほんとほんと!」
結衣の飾らない一言に、思わず笑いがこぼれる。
その空気のままリビングへと入ると、大悟の両親がすでに待っていた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
母親が優しく微笑む。
父親は少し照れくさそうに目を逸らしながらも、「まあ座れ」と促してくれた。
テーブルには湯気の立つお茶と、小さなお菓子の皿。
「わざわざ来てくれて、ありがとうね」
「いえ、こちらこそ……今日は、お時間いただいてありがとうございます」
背筋を伸ばして、里奈が深く頭を下げる。
父は軽く肩をすくめ、にやりと笑った。
「おまえもすみにおけないな〜。でも、大事なお嬢さんなんだから、大切にしろよ」
母は穏やかな笑みを浮かべ、優しく言葉を添えた。
「ほんとよ。しっかり守ってあげてね」
それを見て、結衣が元気よく声をあげる。
「そうだ!そうだ!」
すると里奈がくすりと笑い、ふっと一言。
「結衣ちゃん。笑」
場が和み、空気が一層柔らかくなった。
「……大悟から聞いてるわ。ちゃんと、ご両親にも話したんですって?」
「はい。まだ反対というか、心配されてる部分もありますけど……
ちゃんと向き合って、少しずつ納得してもらえるように頑張ります」
その言葉に、母親が優しくうなずいた。
「真面目なのね。大悟が選んだ人だから、大丈夫だと思ってたけど……やっぱり、素敵な子だわ」
「ちょ、母さん……」
照れたように目を伏せる大悟の横で、父親が咳払いを一つ。
「ま、俺としては……大悟が相手を大事にして、ちゃんと支えていけるなら、それでいいと思ってる」
父の視線をまっすぐ受け止めながら、大悟が口を開いた。
「……覚悟してるよ。ちゃんと支えるから」
短くて率直なその言葉に、部屋の空気が少しやわらかくなる。
「ねえ、いいタイミングだからさ」と、結衣が空気を読んで ふっと笑う。
「写真、撮ろうよ。今日が始まりの日になるかもしれないし!」
「写真?」
「うん、全員で一枚。ね、お父さん、お母さんも!」
なんとなく恥ずかしがりながらも、皆が集まり、スマホのレンズに向かって並ぶ。
「はい、チーズ!」
カシャッというシャッター音とともに、
“家族”になろうとする人たちの、小さな一歩が切り取られた。
里奈は、大悟の隣でそっと目を閉じて思う。
――この人の隣で、ちゃんと笑っていたい。
そして、私もこの家族の一員として、誰かを笑顔にできたら。
きっとこれからも、いろんなことがある。
でも、今日のこの穏やかな時間が、未来への確かな支えになる。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!