第92話「信じてくれるなら」
順序が違う、軽率すぎる――そう言われても仕方ない覚悟だった。
それでも、自分たちの選んだ道が間違っていないと信じたい。
今回は、大悟と里奈が里奈の両親に「結婚」の想いを伝える場面を描きました。
厳しいまなざしの奥にある、本当の気持ちとは。
里奈の実家の玄関前。
大悟と並んで立った里奈がインターホンを押すと、しばらくして中から母親の声が聞こえた。
「はーい、今開けるわね〜」
玄関が開き、優しい笑顔の里奈の母が現れる。
大悟は軽く頭を下げた。
「おじゃまします」
里奈は靴を脱ぎながら、大悟にそっと問いかけた。
「緊張してる?」
大悟は小さく笑って答える。
「してないって言ったら嘘になるけど……でも、逃げるつもりもないよ」
小さく深呼吸し、意を決したように、里奈はリビングへと足を進めた。
両親は、すでに席についていた。
母は落ち着いた様子だったが、父は やや険しい表情で二人を迎えた。
「……今日は、何の用だ?」
その一言に、里奈が背筋を伸ばす。
「彼と、結婚のことでお話をしたくて来ました」
父の視線が大悟に向けられる。
その重みを正面から受け止めるように、大悟は まっすぐ前を見据えた。
「里奈さんと、本気で結婚したいと考えています。……許していただけないでしょうか」
短くも、真剣な言葉。
空気が少し張り詰める。
わずかな沈黙の後、父は表情を和らげ、ゆっくりと口を開いた。
「同棲していると聞いた。順序が違うと思う。……簡単には認められん」
そう言った後、ふっと口元を緩めて続けた。
「って、前の俺なら言ってたな。……でも、里奈が選んだ相手だ。なら、俺たちは応援したいと思ってる。信じていいんだよな?」
大悟は一瞬、息をのんだ。
「……はい。どんなときも、ずっと里奈さんを大切にします」
その言葉に、父は静かにうなずく。
「なら、頼んだぞ」
少し緊張がほどけた空気の中、母が穏やかに微笑んだ。
「あなた、変わったわね」
「そうか?」
「うん。前なら、机叩いてたかもね」
父は、ばつが悪そうに頬をかく。
「……まあ、俺だって多少は成長するんだよ」
それを聞いて、里奈が小さく笑った。
「ありがとう。ほんとに、ありがとう」
大悟も、そっと頭を下げる。
「ありがとうございます。大切にします」
この家の空気が、少しやわらかくなった気がした。
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帰り際、玄関まで見送ってくれた母が、ふいに里奈の耳元で囁いた。
「……遥香も胡桃も、来たがってたんだけど、今日は どうしても予定があって。でもね、二人とも、こっそりお父さんに話してくれてたみたいよ」
里奈の目が、ぱちりと見開かれる。
「ほんとに?」
「ええ。あなたの幸せのためならって。……あの子たち、ちゃんと あなたのこと見てるのよ」
それを聞いた里奈は、胸の奥があたたかくなるのを感じた。
大悟と手を繋ぎながら、玄関を出た。
外に出ると、春の風がやさしく頬をなでた。
しばらく歩いた後、里奈がそっと口を開いた。
「遥姉も胡桃も……本当は来たがってたんだって。さっき、お母さんがこっそり教えてくれたの。お父さんのこと、二人で説得してくれたみたい」
「……そうなんだ。お姉さんも妹さんも、会ってみたかったな。……ボロクソ言われるかもしれないけど」
「ふふっ、ないない。大ちゃんのこと、悪く言う人なんていないよ」
夕日に照らされる帰り道。
二人の影が、寄り添うようにのびていた。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!