第89話「新しい命」
日々の中にふと訪れる、小さな違和感。
それが、やがて確かな“しるし”となって心を動かしていく。
今回は、結衣が気づいた体の変化と、その先に待っていた大切な知らせのお話。
そっと、けれど 確かに始まる新しい物語に優しい光が差しこみます。
最近、少し体がだるい。
朝起きたときの気持ち悪さも、気のせいだと思っていた。
でも――やっぱり、どこか いつもと違う。
「……もしかして」
休日の午後、涼也が買い物に出ている間に、結衣は そっと出かけた。
向かったのは、近所の薬局。買ったのは、妊娠検査薬。
家に戻って、深呼吸。
鼓動がうるさいくらいに響いて、手が少し震えている。
――数分後。
窓辺に置かれたスティックに浮かんだ、はっきりとした線。
目を疑って、もう一度見直して、それでも結果は変わらなかった。
「……ほんとに?」
声が、かすかに震える。
けれど その震えには、どこか温かさと喜びが混じっていた。
*
その夜。
夕飯の片づけを終えた後、結衣は、そっと涼也のそばに座る。
「ねえ、ちょっとだけ……いい?」
「ん? どうした?」
「……今日、検査したの。妊娠検査薬」
涼也の目が、一瞬見開かれる。
「えっ……! もしかして……?」
結衣は、少しだけ照れたように、うなずいた。
「うん。陽性だった。……多分、赤ちゃんいるみたい」
沈黙。
けれど、それは ほんの数秒だけ。
「……やば、マジで!? え、うわ……すご……!」
言葉が追いつかないまま、涼也は何度もうなずいて、
その目の奥が、じんわりと滲んでいる。
「結衣ちゃん……大丈夫? つわりとか、しんどくない?」
「ちょっと気持ち悪いときもあるけど……今は、なんだか幸せな気分の方が勝ってるかも」
涼也は、そっと結衣の手を握る。
「……ありがとう。教えてくれて。本当にありがとう」
二人の間に、静かで、あたたかな時間が流れていく。
これからの不安も、わからないことも、たくさんあるだろう。
でも今はただ、この喜びを分かち合えることが、何よりも尊くて――
二人の“家族”の物語が、そっと、始まりを告げた。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!