第87話「好きの証拠」
“好き”の気持ちって、
本人から直接じゃなくても、ふとした誰かの言葉で伝わることがある。
今回は、涼也から結衣、そして里奈へと届いた、
大悟のちょっと不器用な“好きの証拠”のお話です。
夜、食後の片づけを終えた頃。
涼也がふと口にした一言が、結衣の指をスマホへと向かわせた。
「そういえば、今日、大悟さんが“占いも悪くないかもな”って言っててさ。
それで、“里奈が『俺たちの相性が抜群だ』って言ってたんだよな”って、ちょっと照れながら話してたよ」
「えっ、兄が?」
結衣はスマホを手に取り、そのまま通話ボタンを押した。
数コールの後、電話の向こうで、里奈の明るい声が響く。
「もしもし? 結衣ちゃん?」
「ねぇねぇ、涼ちゃんから聞いたんだけど、兄が“占い信じたくなった”って言ってくれたんでしょ?」
一瞬、驚いたような沈黙。
そして、里奈の声が少しだけ柔らかくなった。
「えっ……ほんとに言ってたの?
大ちゃんのことだから、私が喜ぶと思って優しい嘘ついたのかな〜って思ってた…
でも……本当に思ってくれてたなら、すごく嬉しい……!」
その声に、結衣はソファにもたれながら微笑んだ。
「里奈ちゃんおめでとう。兄がそんなこと言うなんて、かなりレアだから(笑)
……きっと、それだけ大事に思ってるってことだよ」
電話の向こうで一瞬の沈黙。
結衣は、里奈が少しだけ涙ぐんでいると思った。
「……ありがとう、結衣ちゃん」
「どういたしまして。ほんと、よかったね」
その後の数秒は、お互いに何も言わなかったけれど、
その沈黙すら心地よくて、夜の静けさに溶けていった。
*
大悟は手元のスマホをいじっていた。
テレビは ついていたけれど、内容は全く頭に入ってこない。
ふと、画面をスリープから戻すと、検索履歴の一番上に浮かんだ文字列に、自分でも少しだけ苦笑する。
──「牡羊座 山羊座 相性」
ついさっき、自分で打ち込んだワードだ。
思わず、「……なんだよこれ」と自分で突っ込みながら、でも──そのまま検索ボタンを押した。
表示された画面には、似たようなタイトルが並ぶ。
「真逆の二人が惹かれ合う理由」
「山羊座×牡羊座の恋愛は、慎重と情熱のバランス」
「真面目と直感、だから惹かれる」
大悟は一つ一つに目を通しながら、眉間に軽くしわを寄せる。
「……ベストバランス、ねぇ……」
あのとき、彼女がそう言ってた。
今も、その声が耳に残っている。
「……俺、何やってんだろ」
ぼそっと呟いた声は、自分自身に向けたものだった。
けど、画面を閉じることはなく、しばらくそのままスクロールを続けていた。
「牡羊座は、勢いと情熱の星座」
「山羊座は、慎重と計画性の星座」
「反発するようで、実は支え合える関係」
思わず、口の端が少しだけ緩む。
「……信じるわけじゃねぇけど」
だけど──あのときの彼女の言葉は、確かに胸に残っている。
「……大ちゃん好き」
それでも、その言葉を思い出すたび、胸の奥がじんわりと熱くなった。
テレビの音は──いつの間にか消えていた。
画面の光だけが、静かな部屋に淡く灯っていた。
*
大悟がリビングに戻ると、ソファにいた里奈が嬉しそうに振り返った。
「電話、結衣ちゃんだった!」
「へぇ。話し声、活き活きしてたな。……仲良いな、相変わらず」
「うん! それでね、涼兄経由で、すっごい嬉しいこと聞いたの!」
「……まさか俺のことじゃないよな?」
ニヤつきながら聞く大悟に、里奈はパッと表情を明るくしてうなずいた。
「そう! 大ちゃんが“占いも悪くないかもな”って言ってたって!」
「……ああ、話が広まってんな……涼也、覚えてろよ」
目をそらしながら苦笑する大悟に、里奈は くすっと笑った。
「涼兄も結衣ちゃんも、大ちゃんのことに関しては、ほんっと筒抜けだよね(笑)」
「……ほんとにな」
「でもね、2人のおかげで知れたから、私は幸せ!
大ちゃんのことだから、私が喜ぶようにって無理して優しい嘘ついてくれたのかな〜って思ってたんだ。
でも……本当にそう思ってくれてたんだってわかって、めっちゃ嬉しかった……!」
「最初から信じてほしいんだけどな。
……俺にとって里奈の影響力、マジで絶大なんだわ」
照れ隠しのように言いながら、大悟は そっと、里奈の髪を撫でた。
その指先が離れると、大悟はポケットからスマホを取り出して、言った。
「……あと、ほら」
差し出された画面には、「牡羊座 山羊座 相性」「カップル 占い 相性」などの検索履歴と、いくつかのページが開かれている。
目をそらしながら耳を少し赤らめたまま、大悟は言った。
「……な、何となくだけど。里奈の言ってたこと、ちょっと気になって」
里奈は驚きと嬉しさで、ふっと笑った。
「なにそれ……かわいすぎるんだけど……!」
「うるさい。忘れろ、今の」
「忘れられるわけないよ。むしろ、ずっと覚えてる!」
「……ほんと、里奈には敵わねぇな」
そんなふうに笑い合う二人の間には、占いよりもずっと確かな“何か”が、確かに存在していた。
──それは、誰よりも信じ合えるという「相性」だった。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!