第86話「信じたくなる理由」
「そんなの信じない」って決めつけてたことも、
大切な人の言葉一つで、少しだけ見え方が変わる――。
信じる・信じないの間には、
「信じたいと思える誰かがいること」っていう、
ちょっと特別な気持ちがあるのかもしれません。
これは、そんな心の揺らぎの話。
夕暮れ前の空が、淡い茜色に染まりはじめていた。
人気のない遊歩道沿い、小さな噴水のそばに並んで腰かける大悟と里奈。
水の音がかすかに響く中で、ふいに里奈が口を開いた。
「そういえば、昨日なんとなく占いアプリやってみたらさ、私たちの星座の相性、めっちゃいいみたい」
カップに残ったカフェラテを見つめながら、何気ない口調でそう言う。
「星座占い? 俺、そういうの信じないけど」
大悟は肩をすくめ、わずかに笑う。
いつも通りの、からかうような、だけど少し照れたような反応。
里奈は少しだけ首を傾けたまま、微笑んだ。
「そうなんだ…。牡羊座と山羊座って、お互いにないものを補い合える、ベストバランスだって。でも……大ちゃん信じないんだよね」
その声には、少しだけ期待と、ほんの少しの寂しさが混じっていた。
だけど、返ってきた言葉は、意外なものだった。
「へぇ……。でも――」
言いかけて、少しだけ視線を遠くに向ける。
空を仰いでから、大悟は ぽつりと続けた。
「……里奈に言われたら、信じたくなるな」
「……大ちゃん好き」
小さく、でも確かに届く声。
言葉に込められた想いは、冗談でも勢いでもないことを大悟は、すぐに感じとった。
彼女の視線をまっすぐ受け止めたまま、大悟もまた微笑む。
⸻
後日――。
涼也と大悟が、公園のベンチに並んで腰を下ろしていた。
「そういえば、星座占いって……意外と面白いよな」
「え? 人間の運命が誕生日で決まるとか、なんか信じきれないって言ってた、あの大悟さんが?」
「……まぁな。前は、そうだったけどよ」
大悟は少しだけ照れくさそうに目をそらした。
「でも、里奈が言ってたんだよ。“俺たちの相性が抜群だ”って」
「おお、それで信じるようになったんすね」
涼也は、どこか嬉しそうに笑った。
「なんか、らしくないっすけど……いいっすね。
結局、“誰が言ったか”ってことなんすよね、こういうのって」
その言葉に、大悟も小さく笑った。
「そうかもな」
過ぎていく時間は、ただ静かで、どこか温かかった。
信じる・信じないの間で揺れる気持ちも、誰かの一言でふと変わる――そんな余韻を込めました。
「信じたいと思える誰かがいること」って、
それだけで、心が少しあたたかくなる気がします。
第27話との繋がりを感じていただけたら嬉しいです。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!