第85話「未来のかけら」
結衣と涼也が甥っ子を預かって過ごした日——その出来事を、里奈は大悟に何気なく話す。けれど、その言葉の端々に滲む憧れや、ふと浮かぶ未来の輪郭。
夕暮れのカフェで交わされる、まだ確かでない“温かなもしも”の物語。
カフェのテラス席。
オレンジ色に染まった夕暮れが、ゆるやかに辺りを包んでいた。
風がそっと吹き抜けるたび、テーブルクロスがふわりと揺れる。
アイスコーヒーのグラスに浮かぶ氷が、小さな音を立てた。
「ねぇ、大ちゃん」
その静けさをやさしく破るように、里奈が声を上げた。
カップを両手で包んだまま、遠くの空を眺めながら、ぽつりと。
「結衣ちゃんたち、この前ね、甥っ子くんを預かったんだって。お泊まりで」
「へぇ、涼也が? あいつ、そういうの得意だったっけ?」
大悟が少し意外そうに眉を上げる。
「うん、意外と子ども得意なんだって。甥っ子くん限定かも、とは言ってたけど。ふふ。
結衣ちゃんと二人で、絵本読んだり、お風呂入れたり……すごく自然だったって。
なんだかもう、“お父さんとお母さん”って感じだったらしいよ」
そう言って、里奈は ふっと目を細める。
何かを思い出すような、あるいは想像するような、少し憧れるようなまなざしだった。
「結衣ちゃん、“また来てほしい”って言ってたの。
あんなふうに子どもと関われるって、すごいなって思った……素直に、いいなって」
大悟はグラスをゆっくりテーブルに置くと、少し黙って空を仰いだ。
風が吹いて、彼の髪をわずかに揺らす。
「……子ども、か」
その一言には、どこか戸惑いと照れ、でも確かな響きが混じっていた。
「うん。……話を聞いてたら、ふと考えちゃった。
もし私に子どもがいたら、どんな子になるのかなって」
言い終えると、里奈は ふいに自分の手を見つめる。
テーブルの下で、指先がそっと組まれる。
「里奈の子どもなら、絶対かわいいだろ」
大悟の声が、さらりとした風のように降ってきた。
「……え」
思わず顔を上げた里奈に、大悟は目をそらすことなく、言葉を重ねた。
「きっと、よく笑って、人のこと思いやれる子になる」
すると里奈も、少しだけ照れながら言葉を返す。
「……大ちゃんの子どもなら、少し不器用でも……優しくて、強い子になるんだろうな」
目を合わせたまま、二人とも少し笑った。
「何より大ちゃんがパパだったら、安心できる、そんな気がする」
里奈は一瞬視線を落としながらも、そっと指先が大悟の指に触れた。
「……俺がパパかぁ」
小さくつぶやいてから、頬をかく仕草。
「なんか……まだ全然想像つかないけどさ。でも、そういう未来、悪くないな。里奈がママなら、きっと自慢のママだな」
まだ具体的じゃない。
でも確かにそこにある、二人だけの、やわらかい未来。
カップの底に残ったコーヒーが、夕焼けの光を反射して静かにきらめいていた。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!




