第82話「はじめてのお預かり」
はじめて甥っ子を預かる日。
少しそわそわする涼也と、準備を整える結衣。
“家族の時間”という新しい感覚に触れていく二人の、やわらかな一日が始まります。
「緊張してる?」
結衣がキッチンから顔を出して尋ねると、涼也はソファに座ったまま、落ち着かない様子で頷いた。
「……ちょっとな。泣かれたら どうしようって思って」
「ふふ、泣いても ちゃんと抱っこできるでしょ。優しいおじさんなんだから」
「いや、あれは翔平の子だから許されてるだけで……俺、多分 初対面に弱いタイプなんだよ」
そんな会話をしていると、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
「来た!」
涼也が急いで立ち上がる。
玄関を開けると、翔平と、ちょこんと立つ甥っ子が笑顔で待っていた。
「よろしくお願いしまーす!」
翔平が笑いながらバッグを渡し、甥っ子の肩をポンと叩く。
「じゃあな、いい子にしてろよ〜?」
「うん!」
バイバイをしてドアが閉まると、しばしの沈黙。
緊張したように甥っ子が涼也を見上げる。
「……こんにちは」
小さな声が、玄関にぽつんと響いた。
涼也は、すぐにしゃがんで目線を合わせた。
「こんにちは。今日は、よろしくな。おじさん、がんばるよ」
すると甥っ子が、ちょっと照れくさそうに笑って、そっと涼也の手を握った。
その仕草に、思わず涼也も表情を緩める。
「やば……めっちゃかわいいな」
横から結衣がそっと微笑む。
「ほら、おやつもあるし、絵本もあるよ。少し遊ぼっか?」
「うん!」
3人でリビングへ。
甥っ子は最初こそ少し緊張していたが、結衣とおもちゃを広げるうちに、次第に笑顔が増えていく。
ブロックを高く積み上げては「見て見て!」と叫び、涼也の足に抱きついては、くすぐってくる。
「もう……ずるいな〜。これは誰でも好きになるやつだ」
涼也がそう呟くと、結衣が笑いながら囁く。
「……なんかさ、ちょっと未来の練習してるみたいじゃない?」
「……ん?」
「二人で、子どもを見るって。なんか……」
言いかけて照れたように目をそらす結衣に、涼也も小さく頷いた。
「……俺も、そう思ってた」
ふと、甥っ子がこちらを振り返る。
「ねぇねぇ! おうちでもお風呂、あわあわだった!」
「へぇ〜、すごいじゃん! 今日は涼也おじさんちのお風呂に入る?」
「もう準備してきたもん!」
そんな小さなやりとりに、大人二人は思わず笑顔になった。
少しずつ、ほんの少しずつ、
“家族”という言葉が、手に触れられる距離に近づいてくるようだった。
──
日が暮れ、夕飯も終わった頃。
お風呂場から、湯気と笑い声がほんのり漏れていた。
「泡、もっかいやってー!」
甥っ子の声に、涼也が困り顔で答える。
「もう何回めだよ〜。そろそろ出ようぜ?」
「あとちょっとだけ!」
「……しょうがないな」
そう言いながら、泡をもう一山つくって、頭の上にのせる。
脱衣所の扉の外では、結衣がタオルとパジャマを用意しながら、くすくすと笑っていた。
「楽しそうだなぁ。あれじゃ出てこないわけだ」
──
ようやくお風呂から出て、ぬくぬくのパジャマに着替えた甥っ子は、ぽかぽかと眠そうな目をしていた。
「ねむい……」
涼也の膝にぴたっとくっついて、あくびをする。
結衣がブランケットをそっとかけて、静かに言った。
「じゃあ、お布団行こうか?」
「うん……でも、だっこがいい」
涼也が思わず笑って、抱き上げる。
「はいはい。じゃあ、特別コースでご案内します〜」
甥っ子は、涼也の肩にもたれながら、うとうとし始めた。
寝室の明かりを落として、静かな時間が流れる。
小さく寝息を立てる甥っ子を間に挟んで、結衣と涼也は並んで座った。
「……寝たね」
「うん、完全に落ちた」
結衣は、そっと甥っ子の髪を撫でる。
「なんか、不思議だね。こんなふうに3人で並んでるの」
涼也は少し黙ってから、低い声で答えた。
「……なんか、すごくいい」
その言葉に、結衣も頷く。
「……うん。ちょっとだけ、未来が見えた気がした」
そっと手と手が触れ合う。
言葉は ないけれど、温かなものが二人の間に流れていた。
「今日は、ありがとね」
「こっちこそ。……頑張ったおじさんには、後でご褒美が欲しいです」
「ふふ、それは……甥っ子くんが帰ったらね♪」
小さな寝息と、大人二人の優しい笑い声。
静かな夜の中で、“家族”という言葉が、確かな輪郭を持ち始めていた。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!