第79話「守りたい、細やかな日常」
ピンコロ地蔵を訪ねる小さな旅から戻った二人。
あの日感じたこと、心に残ったこと──
それは、便利さよりも、人の優しさだったかもしれない。
そして結衣は、昔の記憶をふと思い出す。
日常の尊さに気づく、小さな会話をお届けします。
帰り道の車内で、結衣がぽつりとつぶやいた。
「今日は、いい時間だったね。……涼ちゃんと一緒だったから、そう思えたのかも」
「うん。スマホが使えなくて焦ったけど、なんか……よかったよな」
涼也はハンドルを握ったまま、少しだけ結衣の方を見て笑う。
「俺も、結衣ちゃんがいたから……安心できたのかも」
信号待ちで車を止めながら、窓の外に広がる夕暮れのオレンジ色の町並みを見つめる。
「ねえ……昔、福岡に遊びに行ったときのことなんだけど」
「うん?」
「ちょうど豪雨にぶつかってね。博多駅の地下がちょっと浸水してたの」
「えっ、それ大丈夫だったの?」
「うん、私たちは無事だったよ。でも、そのとき思ったんだよね。あれって全国ニュースでは、ほとんどやってなかったんじゃないかなって。ローカルでは、たくさん報道されてたけど……」
涼也は少し驚いたようにハンドルに手を添えたまま言った。
「そうなんだ……そういう大事なことこそ、もっと伝わっていいのにな」
「うん。実際にそこにいた人たちには大ごとだったはずなのにね。
テレビでは芸能人の不倫とか、誰かの謝罪会見とかばっかりで……」
「ほんとだよな。なんか、おかしいよな。
“この世界をどう守るか”ってことより、“誰が誰といた”の方が目立っちゃうって……」
「そういうときこそ、本当に大事なのって、ああいう情報じゃない?」
「うん。“今 何が起きてるか”とか、“どうすれば自分や誰かを守れるか”とか……」
結衣は静かに頷き、そっと涼也の手に自分の手を重ねた。
「だからね。今日みたいな日を過ごして、改めて思ったよ。
こうして無事に帰ってこれる日常って、すごく有難いことなんだなって」
「うん、俺も思った。
なにかあっても、こうして一緒に話せるなら、それだけで強くなれる気がする」
車が家の近くの角を曲がり、いつもの道へと入っていく。
大きな出来事なんてなくても、
二人が「大事」と思えるものは、いつだって日常の中にあった。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!